五十九話 欲望


 

 ジョーンズは、タンジーが他の男に抱かれているのが許せなかった。

 じろりと目の前の男を睨みつけた。


「……彼女を渡して欲しい」

「僕はこの娘の兄だ。これから大事な儀式がある。一瞬でいいんだ。静かにしていてくれないか」


 ナーダスはそう言うと、タンジーの体を地面に下ろした。まだ意識は戻らず眠ったままだ。

 横たわったタンジーを見て、ジョーンズは目を吊り上げ、つかつかとナーダスに近寄った。そして、強引にタンジーを自分へと抱き寄せた。


 ナーダスは抵抗せず、両手を挙げてジョーンズから離れた。


「もう一度、言う。僕はこの娘の兄です。悪いことは言わない。僕の話を……」

「ん……」


 その時、アニスの姿から元の体に戻ったタンジーが目を覚ました。

 ジョーンズが、タンジーの顔を覗き込んだ。


「タンジー、大丈夫か?」


 タンジーは一瞬、きょとんとしたが、目の前にいるジョーンズの姿を見て目を大きく開いた。そして、がばっとジョーンズに抱きついた。


「ジョーンズっ。夢みたいっ。あなたが手に入るなんてっ」


 ジョーンズの首にぎゅっとしがみついたその時、


「タンジー、久しぶりだな」


 と、ナーダスが言った。その声を聞いて、タンジーは振り向いた。


「なっ……」


 ナーダスを見て言葉を失う。


「タンジー、この男を知っているのか?」


 ジョーンズに尋ねられ、タンジーは震えながら首を振った。


「し、知らないっ、こんな男知らないわっ」


 ジョーンズは、タンジーを引き寄せながら、ナーダスを睨んだ。


「彼女は知らないと言っているぞ」

「僕を信じてくれないか。今、タンジーに魔法をかけないと大変なことになる」


 すると、ジョーンズは、タンジーを自分の後ろに立たせると、ナーダスにいきなり殴りかかった。不意を突かれて、ナーダスは後ろに吹っ飛んだ。

 倒れたナーダスを睨みつけて、ジョーンズが吐くように言った。


「タンジー、行こう」


 ジョーンズが背を向けた時、ナーダスが杖をかかげた。それを見たタンジーが冷ややかな顔でさっと右手を振りおろした。

 タンジーからエネルギーの塊がナーダスの方へ向かって流れ、バシーンっと杖が真っ二つに割れた。

 ナーダスは茫然とした。

 タンジーはにたりと笑うと、ナーダスに手を振った。


「ジョーンズ、あなたと早く二人きりになりたいの。あたし、もう待てないわ」


 ジョーンズの背中に腕をまわし、抱きしめるようにしてタンジーが歩きながら囁きかけた。

 ジョーンズの欲望も限界だった。


「ああ……、僕の方が耐えられないよ」


 二人は駆け込むように宿に戻り、借りていた部屋に飛び込んだ。


「ジョーンズ、焦らしてごめんなさい。あたしがバカだったの――」


 タンジーの言葉を遮るようにジョーンズはその口を塞いだ。


 ジョーンズは、これまでに経験したことのない感情に振り回されていた。喉の渇きと同時にタンジーを求めている。

 タンジーはその求めにこたえてくれる。

 目の前にいるのが、あの、キスひとつで赤くなっていた少女とは思えない。まるで別の女性のようだった。


「ジョーンズっ。もっと……っ」


 タンジーがもっと欲しいと口を塞いでくる。

 ジョーンズは息ができなかった。

 貪るように口を塞がれるたびに、首を振って息を吸わなくてはならなかった。


 タンジーはしつこく離れなかった。

 ジョーンズが疲れたから、と拒もうとしたが、まだ足りない、と息ができないほど唇を塞がれる。

 喉の渇きに、ジョーンズは意識を失いかけた。しかし、顔を叩かれては目覚めさせられた。


「まだだっ。まだだよっ」


 タンジーの声が頭に響く。

 最初は、悦びに打ち震えた身体がしだいにけだるく、だるくてたまらない。

 目を開けていられない。


 逆に、タンジーは生き生きしていた。彼女がジョーンズに口づけするたび、彼は青白くなり、指先にさえ力が入らなかった。


 キスだけで、意識を失ったのは初めてだった。


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