五十四話 野蛮な使い魔




「痛った……」


 何もなかったはずなのに。

 タンジーが起き上がって膝をさすると、足首に何かが絡まっていた。


「え……?」


 見ると、骨張った腕が自分の足をつかんでいる。


「ゴブリンっ」


 どこから現れたのか、一体のゴブリンがタンジーを捕まえていた。

 タンジーはのけぞったが、ゴブリンは鋭い爪でタンジーを引き寄せた。


「離してっ」


 魔法でほどこうとしたが、ゴブリンは、タンジーのふくらはぎに鋭い歯でがぶりと噛みついた。血が噴き出し、焦りを感じたタンジーが顔を上げると、周り一帯にゴブリンが何体も立っていた。


「あ……」


 こんなにたくさんのゴブリンを見たのは初めてだ。ぞっとして後ずさる。彼らの顔付きを見て、たちの悪いゴブリンだと分かった。

 タンジーは、パニックに陥った。


「誰か、助けて……」


 呟くと、ふわりと風が吹いて空から少女がおりてきた。そして、


「間にあったわ」


 とタンジーの目の前に現れた。


 以前、タンジーが助けた小鳥の姿をしていた少女だった。

 少女は、腰につけていたアザミのムチを取り、ゴブリンに向かって打ち付けた。

 ムチが触れた部分が焼けただれ、ゴブリンは悲鳴を上げて手を離した。

 少女がムチを振るうと、恐れたゴブリンたちが一斉に散らばり逃げ始めた。すると、


「待つんじゃ」


 としわがれた男の声がして振り向くと、森の中から茶色の魔法使いが現れた。魔法使いは、魔法で一体のゴブリンをとらえた。そして、タンジーを見てにやりと笑った。


「また会ったな」

「あなたは、あの時の……」

「タンジーっ」


 その時、ジョーンズの声がした。心配して戻って来たのだろう。ゴブリンを見て驚いた。

 

「大丈夫か? 一体何があった」

「助けてもらったの」

「あの時の魔法使い……」


 ジョーンズも思い出したようだ。


「名前を言っておらんかったの。わしの名前はフランキンじゃ。わしらはアレイスターに向かっていたのだが、ゴブリンの集団を見かけての。気になって追いかけておったら、あんたらに出会った」


 助けてくれた少女がタンジーのそばに寄って笑いかけた。


「大丈夫ですか?」

「助けてくれてありがとう」


 タンジーはお礼を言った。足のケガは大したことはない。

 フランキンは捕まえたゴブリンに話しかけた。


「ゴブリンよ、お前らは集団でどこに行こうとしていたんだ」


 ゴブリンは、つんと顔をそむけた。


「言わねえ」

「言うんじゃ」


 フランキンはゴブリンの手首を縛りあげて、木に吊るした。しかし、ゴブリンはぐるぐると喉を鳴らすだけで答えない。二人は睨み合った。


「おい、いつまで待たせるんだ」


 ロイとアニスが馬を引いてやって来た。ゴブリンはアニスを見ると、急に叫んだ。


「白い魔女だっ。白い魔女は、おれたちの敵だ!」


 すると、アニスは、ゴブリンの姿を見るなり、悲鳴を上げた。


「化け物がいるっ」


 と、ゴブリンを指さし、ぶるぶると震えだした。


「化け物は、どっかへ飛んで行けっ」


 いきなり、指をパチンといわせ、ゴブリンに向かって呪文を唱えた。


「わわ、わわわっ」


 吊るされていたゴブリンの体が宙に浮き、その背中から黒い両翼が生えて体が小さくなると、ゴブリンはカラスに変わってしまった。


 ――クワーッ、クワーッ。


 カラスになったゴブリンが、アニスに目がけて飛びかかる。アニスが身構えたのを見て、タンジーが止めた。


「やめてっ」

「その化け物をあたしに近づけないでっ」


 ジョーンズの背中に隠れて、しっしと追い払う。


 カラスとなったゴブリンの方がよほど厄介だ。

 タンジーは、ポケットからレースハンカチを取り出し、ミモザの花の一部分をつまんだ。


「土星のハーブ、ミモザよ、ゴブリンの姿を浄化して欲しいのです」


 ふっと息を吹きかけると、ミモザが空に舞い、粉々になるとゴブリンに向かった。ゴブリンの体にミモザの粉が舞い散ると、カラスは落ち着いたように静かに空を旋回し始めた。そして、スーッとタンジーの方へと飛んできた。


「黒い魔女よ、助かった」


 タンジーは、安堵した。


「あなたの名前を教えて」

「俺はベイ。あんたの使い魔になってやろう」


 ベイは空へ高く舞い上がった。


「東の空は真っ暗だ。早く安全な場所へ移動した方がいい」


 それを聞いたアニスが、ぶるっと震えあがった。


「これからどうするの?」


 アニスが心配そうに言うと、フランキンは、アニスをじっと見つめていたが、


「仕方ない、宿へ泊まろう」


 と言った。

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