五十二話 シロフクロウ




 夜になると、ジョーンズはタンジーと同じ部屋を取った。


「これで堂々と君のそばにいられる」


 タンジーは、積極的なジョーンズから少し距離を置くように窓を眺めていた。


「明日の朝、すぐに出発するわね」

「ああ」

「お師匠さまは、どこにいるか分からないの。だから、わたしは探すことから始めなくてはならなかった」


 タンジーは遠い目をした。ずいぶん昔のことのように思える。


「そのお師匠さまとは男なのか?」

「ええ。お師匠さまは白い魔法使いで、フェンネルとおっしゃるのよ。最も優れた魔法使いなの」

「それは、すごい」


 いつの間にか、ジョーンズがそばに来て、腰を抱いている。タンジーはどぎまぎした。振り向きざまにジョーンズに尋ねた。


「ねえ、ワルツでも踊るの?」

「ワルツは得意だ」


 ジョーンズがタンジーを起こし、ステップを踏んだ。タンジーは誘われて、狭い部屋の中でくるくると回った。


「ジョーンズっ」


 思わず笑顔になってしまう。

 ジョーンズのダンスは最高だった。思わず体が密着し、気がつけば鼻がくっつきそうなほど見つめあっていた。

 ジョーンズが顎を持ち上げ、キスしようとする。タンジーは目を閉じた。体が震える。


「震えているね」


 ジョーンズの息が唇をかすめる。


「怖いわ……」

「どうして?」

「タンジーを愛しているの?」


 ジョーンズが一瞬、息を止めた。質問の意味を考えているかのようだった。


「……そればかり聞くね」

「魅力があると思えない」

「自分を卑下することはない。君はとても素敵だ」

「もしかして、魔法にかかっている?」


 タンジーの疑り深さにジョーンズはため息をついた。そっと体を離す。


「もう休もう。明日は早いから」


 頬に軽くキスをされる。タンジーは、はあっと大きく息を吐いた。


「ねえ、これからのことなんだけど、お願いだから、わたしに触れる時はひとこと声をかけてくれる?」

「どうして?」

「心臓に悪いわ」

「それは悪かったね」


 ジョーンズは肩をすくめただけだった。




 次の朝早く、マイケルとデニスは先に旅だった。

 アニスはなかなか現れず、最後に宿を出てきた。

 ロイが不機嫌に言った。


「ミス・アニス、時間は厳守するものだ。夜が明ける頃には出発したかった」


 アニスは頬を膨らませ、いじけたような顔をして、ロイとは目を合わせようとしなかった。

 タンジーは息をついた。


「ミス・アニス、あなた、馬に乗れるの?」


 アニスが驚いた顔で首を振った。


「いいえ、馬に乗れません。兄は乗れるように教えてくれたけど落馬してしまって、それ以来、全然っ」


 タンジーは、彼女なら落馬しかねないと思った。


「仕方ないな、ロイ、乗せてやって欲しい」


 ジョーンズが、ロイに頼んだが、彼は断った。


「わたしの鹿毛では小さすぎるわ」


 タンジーが困った顔をすると、ジョーンズが仕方なく自分の馬に乗せると言った。


「おいで、アニス」


 アニスは、顔を輝かせるといそいそとジョーンズの馬にひらりと飛び乗った。


「乗り方は上等だ」


 ロイが皮肉を言うと、アニスはにっこりと笑った。


「いつも兄が前に乗せてくれたんです」


 アニスは、ジョーンズの胸に体を預け、うっとりしている。タンジーは息を吐いて顔を振った。

 手綱を緩めてジョーンズが尋ねた。


「お師匠さまとやらはどこにいるんだい?」

「お師匠さまを見つけるには、一番簡単な方法があるの」

「それは?」

「お師匠さまの使い魔を呼び寄せること」


 タンジーは鹿毛に飛び乗り、彼女の首筋を優しく撫でてあげると、にっこりと笑った。


「お師匠さまの使い魔、エルダーよ。わたしの声が聞こえたなら今すぐにわたしの元へ飛んで来て!」


 タンジーが空を見上げて呼びかけると、ピューウー、ピューウーと、どこからか甲高い鳴き声が聞こえてきた。


 ジョーンズが顔を上げると、空から滑空飛行をするシロフクロウが現れた。

 羽をほとんど動かさず優雅に空を舞うシロフクロウを見るのは初めてで、美しさに目を奪われる。


 シロフクロウは、タンジーの肩に止まった。


「小さい……」


 タンジーの頭よりも小さなフクロウは丸い目を瞬かせて、タンジーの髪の毛にくちばしを突っ込んだ。


「エルダー、ああ、会いたかったわ」


 シロフクロウは肩をすくめたように見えた。


「そのフクロウはしゃべるのかい?」


 ジョーンズがびっくりした顔をしている。まさか、とタンジーが言った。


「エルダーは心で話かけるの。なんでも答えてくれるわ」


 すると、突然、アニスが、シロフクロウを触ろうと手を伸ばした。

 タンジーは慌ててアニスの手を遮った。


「駄目よ、ミス・アニス、あなたの手に穴が開くわ」

「あら」


 アニスは何もなかったように、すっと手を引っ込めた。


「つまらないの」

「ミス・アニス、動物に触るのは危険よ。エルダー、お師匠さまは今どちらにいるの?」


 東――。


 タンジーは、ジョーンズを振り返った。


「東は、ローズの故郷、アレイスター国があるわ。お師匠さまは、ローズをアレイスターへ返せと言ったから、きっとお師匠さまもそこにいるのね」

「東のアレイスターか。まだ、一度も足を踏み入れたことのない場所だ」

「アレイスターは豊かな土地を持った素晴らしい場所よ。エルダーが道案内をしてくれるわ」

「それはありがたい」


 ロイがほっとしたように言った。


「しかし、美しいシロフクロウだ」


 ロイが感嘆すると、エルダーはタンジーの肩を飛び立ち、ロイの周りを旋回した。


「あなたが気に入ったみたい」

「本当かい? それはうれしいな」


 ロイが腕を伸ばすと、エルダーはその腕に止まり、肩口に頭を押し付けた。


「かわいいな。彼女は女性だろ」

「エルダーは、素晴らしい乙女よ。さあ、出発しましょう」


 タンジーが馬の背を蹴り、先頭を切った。

 すぐ後をジョーンズが追いかける。


 エルダーが飛び立ち、ロイも後を追いかけた。

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