三十九話 瞳を取り戻す




 ジョーンズが部屋を出て行った後、タンジーはうなだれていた顔をそっと上げた。

 窓が開いているのか、風が入ってきた。


 風の歌だ。

 わたしを励ましてくれている。


 窓の隙間から、かすかだが風が入ってくる。目が見えない分、感覚が研ぎ澄まされていた。


 分かっていたじゃない。

 ジョーンズは最初からアニスを好きなのだから。タンジーが、結婚しないでなんて、言える立場じゃない。

 そう思った時、ノックをする音に顔を向けた。


「はい、どうぞ」

「タンジー、俺だ。ロイだ」

「ロイ……」


 少しして、ドアが開く音がした。


「ロイ、お願い。ドアは開けたままにして」

「……ああ。調子はどうだい?」


 ロイの声が近づいて来る。タンジーは、声のする方へ顔を向けた。


「何も感じないわ。わたしの目はどうなったの?」


 ロイは答えなかった。


「言って。わたしは平気だから」

「君の目はくり抜かれている」

「え?」


 タンジーは口をぽかんと開けた。


「くそっ。君の目は誰かにくり抜かれたと言ったんだ」


 タンジーは自分の手を口に当てた。


「なんてこと……」

「痛みはないのか? 生きているのも不思議だと、医者は言っていたが……」

「大丈夫みたいよ」


 いよいよ、自分は人間ではないような気がしてくる。

 ミモザはそこまで非道なことができたのか。


「犯人は分かっているのか?」

「いいの。もう、いいのよ」

「よくない」


 ロイの声が怒っている。


「俺は許さない。犯人を探さないと」

「きっと、もうこの町にはいないと思うわ」

「君は優秀な魔女だったのに、戦わなかったのか」

「相手の方が強かった。それだけよ」


 ロイは押し黙った。


「君より、強い者の仕業か」

「ええ」

「見たのか?」

「見てないわ。だから、もう、いいの」


 ロイが椅子に座ったのが分かった。


「手を握ってもいいか」


 ロイが言う。タンジーは頷いた。

 ロイの硬くてごつごつした指がタンジーの手を握りしめた。


「俺には妻がいる。だが、妻であろうとなかろうと、タンジー、君のように傷つけられた女性がいたら、誰だって助けたいと思うはずだ」


 ロイの温かい気持ちに、タンジーはうれしくてくすっと笑った。


「ありがとう。あなたは優しいのね」

「人間として当然のことだ」


 タンジーは遠くを眺めた。存在しない瞳で遠くを。


「タンジー、君の魔法でその目を元に戻す方法はないのかい?」

「瞳を取り戻せば、元に戻せるかもしれない」

「じゃあ、犯人を捜そう」

「無理よ、顔を見ていないし、もういないわ」

「君らしくない。どうして最初から諦めているんだ?」

「いいのよ。ロイ、ありがとう……」


 お礼を言った後、タンジーは、甦りの儀式のことを思い出した。ロイが、タンジーの異変に気付いた。


「どうかしたか?」

「思い出したの……。ひとつだけ、方法がある」


 そう言うと、ロイが明るい声を上げた。


「そうなのか! なら、それを試そう」

「簡単じゃないわ」


 タンジーはため息をついた。


「わたしたち魔法使いは、力をより強くするために、ある儀式を行えるの。自らの身体を傷つけて、蘇るのよ」


 ロイは返事をしない代わりに、指先が食い込むほど強く握った。タンジーはその手を握り返した。


 無理もない。恐ろしい話だからだ。

 タンジーは、ロイに向かって話をした。


「恐れないで聞いて、わたしはそんなことするつもりもないし、死にたいと考えたこともない。それに、リスクが大きすぎる。蘇る事ができるのは、ほんの一握りの魔法使いだけ。ほとんどの魔法使いは成功した試しはないし、わたしはまだ魔女見習いよ。正式な魔女じゃないから。だから、平気よ。目が見えなくてもなんとかなるわ」

「その……、傷つけるというのは、自分で自分を傷つけるのか?」

「え? ええ、そうよ。他人に傷つけられても仕方ないの。おそらく、わたしを襲った相手は知っていたのよ」

「卑劣な奴だ」

「ロイ、怒らないで。わたしは生きている。大丈夫よ」

「どうしてそんなに強いんだ」


 ロイが不思議そうに言った。


「わたしは強くならなきゃいけない。この先も生きなきゃいけないから。こんなことでは負けないわ」

「ジョーンズはいいのか?」

「え?」


 いきなりジョーンズの話になり、タンジーは動揺した。


「どうして?」

「アニスという姫と結婚してしまうぞ」

「それは……」


 嫌だった。でも、タンジーの姿でいる限り、ジョーンズは自分を愛してはくれないだろう。


 愛されたがっている?

 わたしはジョーンズを愛しているの?


 タンジーが黙り込むと、ロイが気にして、肩を叩いた。


「諦めるなよ」

「え?」

「外見だけが全てじゃない。あいつはいい奴だよ。きっと、タンジーの良さを理解してくれる。諦めるのは早い」

「ロイ……」


 ありがとう。


 タンジーはお礼を言った。

 ロイは、少し休んだ方がいい、と言って部屋を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る