二十九話 茶色の魔法使い



 一方、逆上したアニスは、小鳥を傷つけた相手を探していた。

 自分の持っている力を全開にする。四本脚の大型の獣に姿を変えて、小鳥を口に放り込んだ。

 そのまま、小鳥からのかすかな臭いを探りながら、木々の間をすり抜けて走った。小鳥のことで頭がいっぱいで、唸り声を上げて森の中を駆け抜けた。


 突然、目の前に罠が仕掛けられ、アニスは片脚を奪われ木に吊るされていた。


《誰よっ》


 口の中で小鳥は失神してしまっていた。瞬間、アニス自身にかけていた術が解けてタンジーの姿になった。

 罠が消えて、地面叩きつつけられる。


「い、いったあ……」


 茫然と立ち尽くしていると、杖を持った茶色のローブ姿の魔法使いが現れた。

 アニスは警戒して、身構えた。

 年老いた魔法使いは、アニスに手を差し出した。


「小鳥を返しなさい」


 厳しい声に、アニスはびくっとして素直に小鳥を手渡した。

 魔法使いは小鳥を優しく包み込んで、呪文を唱えた。小鳥がぴくりと意識を取り戻して起き上がる。そして、どこからか同じ種類の鳥が飛んできた。親鳥だろう。二羽の小鳥は羽ばたいていった。

 アニスはそれを見届けて、涙が出た。


「よかった。生きていた……」

「生きていたではない。お前はあの小鳥を殺すところだった。見なさい、後ろを」


 アニスが振り向くと、森の中はめちゃくちゃになっていた。

 自分がやったのだろうか。

 大きな獣の爪で木々を倒し、柔らかな土をえぐり、緑を破壊していた。

 自分のやったことにアニスは呆然とした。


「パースレインのアニス姫だね」

「ど、どうしてわたしの名を?」


 姿はタンジ―なのに、なぜ、この人は知っているのだろう。


「時が動き始めた。グリモワールを持っているか」


 アニスは驚いた。

 この魔法使いは何者だろう。


「魔法使いフェンネルから、ある程度情報を得ている。君だけがティートゥリーと戦っているわけではない」

「で、ではあの小鳥は……」

「君は、もっと用心しなくてはいけない。そして、己というものをもっと自覚しなくてはいけない」


 魔法使いの言葉を聞いて、我に返った。

 かなり深い森に入り込んできたようだった。

 小鳥を傷つけた相手を見つけて、どうするつもりだったのだろう。かみ殺すつもりだったのだろうか。自分の理性を抑えられなかったことに、愕然とした。


 今までこんなことはなかった。兄が殺されそうになった時でさえ、冷静に判断できたのに。

 タンジ―のせいなのか。いや、人のせいにしていること自体おこがましい。


 森の木々はアニスの爪痕を残している。

 痛々しい木々に手を伸ばした。呪文を唱えたが、わずかに苔が生えただけでなんの効果もなかった。


「ごめんなさい……」

「君は狙われている。小鳥を使って君を孤立させようとしている敵もいる、ということだ」

「そんな……」


 罠だったというのか。自分は嵌められていた?

 呆然としていると、茶色の魔法使いがもう一度言った。


「グリモワールを見せてくれ」


 いきなり現れた魔法使いを信じるのか。

 アニスは自分に問いかけたが、グリモワールを呼んで彼に判断してもらおうと思った。


「グリモワール」


 書物を呼び出すと、アニスと魔法使いの間に魔術書が出現した。


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