十六話 願いは一度だけ①



 敵はどう動くだろう。


 アニスは、ローズを抱きしめながらあたりを見渡した。


 敵の目的は、みんなを巻き込んで宿を壊すか。もしくは、自分ひとりだけを狙うのか。

 どちらも考えただけで恐ろしい。

 こんな大勢の前でミモザを呼び出すのは不可能だった。

 誰かを操るか、と思ったが、人が多すぎて身動きが取れない。では、宿全体に大きな魔法陣を描くか。

 駄目だ。力が及ばない。


「アニス、僕から離れてはいけないよ」


 思案していると、ジョーンズが体を寄せて、かばうように包み込んでくれた。

 ジョーンズのぬくもりを感じた。彼を巻き込むわけにはいかない。

 先ほどのメイドが隣に座っていた。

 メイドは細い目でアニスをじっと見ている。 


 アニスは視線を感じながら、宿に近づく嵐の行方を探った。

 首筋がちりちりする。

 身構えた時、ドカーンと雷が落ちた。周りから悲鳴が上がる。


 ジョーンズはいっそう強く抱きしめてくれた。ローズは魔法陣に守られているので、落ち着いた顔をしている。

 次に来たのは地震のような大きな揺れだった。

 ガタガタ横揺れがしたかと思うと、天井が落ちてきた。

 幸い、人々が避難している場所ではなく、玄関が押しつぶされる。同時に大粒の雨が降り出した。風に乗って雨粒が中へ入ってくる。

 全員びしょ濡れになり、耐えられなくなった人々が立ち上がり散り散りに逃げだした。


 ジョーンズも立ちあがり、体が離れた瞬間、ナイフを持ったメイドが、アニスに向かって襲ってきた。


「アニスっ」


 ジョーンズがかばおうと間に入る。右、左とナイフを交わし、メイドの手首をつかんだ。その時、ふわりとジョーンズの体が投げ飛ばされた。地面に叩きつけられる。


「ジョーンズっ」


 アニスは、ジョーンズに駆け寄ったが、メイドのナイフがアニスのお腹を突いてきた。

 アニスは魔法でメイドを弾き飛ばそうとした。だが、メイドは飛ばされまいと踏ん張っている。


 この子、魔女だわ。

 こうなったらミモザを出さないわけにはいかない。


「ミモザっ」


 ミモザが姿を現す。アニスの背後にまわり、メイドを投げ飛ばした。飛ばされたメイドはすかさず起き上がり、倒れていたジョーンズの首をつかんだ。

 メイドは持っていたナイフの先を容赦なくジョーンズの首に押し込んだ。


「やめてっ」


 アニスが叫んだ。

 ジョーンズの首筋から血が溢れだし、みるみるうちに顔が青白くなった。


「アニス……」


 ジョーンズのか細い声が耳に届いた。

 アニスは体を大きく投げ出すと、メイドに向かって飛びついた。メイドの両手を力いっぱい押し広げ、ジョーンズから離す。

 メイドを投げ飛ばすと、彼女は意識を失った。


「ジョーンズっ」


 アニスは、ジョーンズを抱き起こした。血が止まらない。ミモザがそばに来た。 

 アニスは、涙ぐんだ目でミモザに願った。


「彼を助けて……」

――アニス、だめです。もう、助からない。

「助かるわ。死なせてはいけない。わたしたち知り合ったばかりで、約束をしたのよっ」


 アニスは悲鳴のような声を出した。

 ミモザが首を振る。

 アニスは空を仰いだ。


「お師匠さまっ。お師匠さまっ。どうか、お願いします。わたしの声を聞いてくださいっ」


 腕の中でジョーンズの体がぐったりとしていく。

 血が床に流れ出し、止めたいのに方法がわからない。

 アニスも治癒の魔法は使えたが、あまりのショックでパニックになっていた。


「お師匠さまっ」


 アニスがもう一度叫んだ。


――アニス。


 呼びかけに、静かな声が響いた。

 答えた! 

 師匠のフェンネルの声がした。


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