匿名企画!環月紅人を倒せ杯【お題:応援したくなるヒロイン】/弟子になりたいと願う子へ/3位
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静まり返った森の奥。小さな丸太小屋がひとつ、ポツンと立っていた。玄関の扉以外はほとんどがツタに覆われていて、煙突から煙が立ち上っていなかったら人が住んでいるとは誰も思わないだろう。
そんな小屋の中、小さなベッドに小さなテーブル、全体的にこじんまりとした家具たちの中央で一際目立っているのは巨大な釜。釜の中では赤黒い液体がこぽりこぽりと煮えていた。
「あと……十時間……うう……」
釜を温めるのは、流す魔力の多さで火加減が調節できる魔道コンロだ。煮立つ液体を、自分の身長よりも長かろうという木ベラで一生懸命かき混ぜている少女がひとり。
釜の横に置かれた台の上に立ち、さらに背伸びをして液体を混ぜる少女は、背中をちょんとつついただけで彼女自身が材料になってしまいそうなくらいだった。
「ねむい……ねむいよぉ……」
少女の名はキュリエ。混ぜる液体は上級ポーション。四十八時間付きっきりで火加減を調整しなくてはならないポーション作りは、普通何人かの魔法使いで交代しながらやるものだ。
それをキュリエが何故ひとりでやっているかといえば、それはひとえに、世界最高の魔法使い・ディートリスに弟子入りするためであった。
『お前ひとりで最上級ポーションを作れるようになったら、弟子にしてやる』
そう言われたのは二年前のこと。
その頃は魔法使いのまの字も知らず、初級ポーションすら作れなかった。ディートリスがくれたメモ書き程度のポーションの作り方を必死になって読みながら、(こういうことを教えてくれるのが師匠というものなのでは……?)と思ったことは数知れず。
一年半経って中級ポーションがなんとか失敗せずに作れるようになり、今は上級に挑戦中なのだった。
「アタシが手伝えたらいいんだけどね〜」
キュリエの唯一の友達、妖精のララァが小さな羽根を震わせて周囲を飛び回る。
「寝そうになったら冷たい水滴を垂らしてくれてるだけでだいぶ力になってるよ……」
「そう?」
「うん、飛び起き……る……」
「あっ、寝ちゃダメよ! えいっ!」
重たい
「ハァァ……ねむい……!」
キュリエの手は、木ベラとがっちり固定されている。水滴作戦を初めて実行した時、あまりの冷たさに飛び上がったキュリエの手から、釜の中に木ベラがどぼんと落ちたのだ。ポーションは失敗するわ、木ベラは使い物にならなくなるわ、釜の洗浄に時間がかかるわ、思い出したくもないくらいに大変だった。
それ以来、水滴作戦が必要な時には木ベラと手をがっちがちに固定することにしていた。
不眠不休、トイレにも行かなくて済むよう対策を整えてから臨んだ上級ポーション作りは、ララァの協力もあって、なんとか成功したのだった。
∮
半年に一回、ディートリスはキュリエの様子を見に丸太小屋に足を運ぶ。キュリエが、先日作れるようになったばかりの上級ポーションが入った瓶をディートリスに差し出した。
「これ! です!」
「品質がクソだな」
「ひどいっ!」
黙っていたら妖精女王さえ
「本当にひとりで作ったんだろうな」
「は、はい! 寝そうになった時にララァに冷たい水で叩き起こしてもらいましたけど……」
「それはいい」
「はひ……」
丸太小屋にある家具は背の高いディートリスには小さすぎて、椅子に腰掛けると長い脚を持て余してしまう。伸ばすわけにもいかない脚を組み替えながら、ディートリスは小屋の中を見回した。
(前に来た時から、素材のランクが上がってるな……)
泥団子と見分けが付かないくらいにぐしゃぐしゃだったキュリエが、ディートリスをディートリスとして認識したところから、彼の世界は一変した。
今まで、全ての人間を、魔法使いを、魔族でさえ見下していたディートリスが、一瞬で敵わないと悟った初めての相手だった。
ただ人の形をしているというだけの魔力の塊。ほとんど野生の獣同然だったキュリエに小屋を与え、最低限の生活が送れるような知識を授けたのは、そのまま何も知らずに成長すれば世界さえ壊されると思ったからで。
ほとんど垂れ流しの魔力を前に、ディートリスでさえ長時間近くにいることが出来ない。ディートリスに出会う前のキュリエはいったいどう過ごしていたのかと不思議でならないほどの魔力量だった。
人間どころか、動物でさえほとんど近寄らない森を丸ごと、いくつも結界を重ね張りし、キュリエの存在を隠した。それから魔力の調整を自覚的に行わせるため、通常とは異なるポーションの作り方を考案し、渡した。弟子入りのための試練だと言えば、嬉々としてポーション作りに励むようになった。
魔力の扱いも今ではかなり落ち着いてきていて、二〜三日であれば共に過ごせるようになっている。
(出来上がるポーションの品質も、笑えるくらいに高い……こんなの、世に出せないよなぁ……)
「ししょー?」
「師匠と呼ぶなと言ってるだろ。ディーでいい、ディーで」
自分よりも才ある者に、師匠などと呼ばれたくはなかった。だからといって真実を告げるのはまだ時期尚早で。
キュリエが勘違いしているのをいいことに、師匠と呼ばれることを拒絶し続けているのだった。
「あのトレホール草はどうした」
「あ! 小屋の裏手に作ったんです、薬草園。探しに行くの大変だから、近くで育てたらいいのかなって!」
「なるほど」
「見ますか?」
「そうだな」
キュリエに案内され、手作り感溢れる薬草園にやってきた。長さのまちまちな木の枝が境界線を示すように立てられ、力任せに掘り起こしたようなガタガタの土から、驚くほど状態のいい薬草がこれでもかと生い茂っている。
(これだけ群生していながら、ひとつひとつの葉まで十分すぎるほどに魔力が行き渡ってる……キュリエの魔力だけじゃ無理だと思うんだが……)
「どうですか?」
「すごいな」
「ですよね! ララァも張り切って水やりしてくれてて!」
(ララァという妖精……何者なんだか……)
キュリエの話に
「ディ……ディーは、次は、また半年後、ですか?」
「半年後で、最上級ポーションは作れそうか?」
「うっ……分からない、です」
「……三ヶ月後に、新月の夜が来る。その日にしか出来ないことがあるから、それを教えてやろう」
「えっ、ディーが、私に教えてくれるんですか?! それって、すっごく弟子っぽい!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶキュリエは、はたから見れば本当に普通の、可愛らしい少女だった。
できることなら、中身と見た目を同じにしてやりたかった。せめて、災厄と呼ばれぬように。この世界で平穏に生きていけるように。
「俺も人間やめっかな」
「何か言いました?」
「いや、なんでも」
にっこり笑ったディートリスの頭の中では、すでに新しい術式の構築が始まっていた。
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