暗黒ファンタジー冒頭企画/チュレタラヴィータ/13位

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《あらすじ》

父を失いながらも、母と支え合い生きていたハイヴ。

幸福とは言えないまでも平穏ではあった日常は、ある日一変する。

いずれ化け物に支配される日が来るのなら、自分の人生を狂わせた原因を突き止めようと決めたハイヴの前に、訳知り顔の女が現れ眷属になれと迫った。

情報を得るためにと女の手を取ったハイヴは、魔王が狂ったことを知る。

最愛の妻と子を失い狂った王は、彼女らの肉体を核に”マザー”を作り出し、そこから切り出した肉をばら蒔いて世界そのものを作り替えようとしているのだった。

父を化け物に変えたのは、魔王の配下のひとりサーリュス。

女の導きによりサーリュスの元へ辿り着いたハイヴは、偶然から彼の秘密を暴いてしまう。それは、”マザー”にされたはずの魔王の妻を匿っていることだった。

明らかになる真実、犠牲となる者たち。

ハイヴは何を思い、どう動くのか――異形蠢くダークファンタジー、開幕




《本文》

 人生を百八十度変えてしまう出来事というのは、今日みたいな、何の変哲もない曇りの日にやってくる。


 どの国に属すのかも定かではない森の中に建つ小さな小屋で、僕と母は暮らしていた。家の裏手には井戸と畑があり、少し歩けば湧水もある。自給自足の生活に不足はなく、身体が弱くて一日のほとんどをベッドの上で過ごす母の面倒を見るのも苦ではなかった。


「ごめんねハイヴ」


 これは母の口癖だ。何かにつけてごめんと口にする母を、何度たしなめたところで結果は同じ。以前は言われる度に「大丈夫だからそんなこと言わないで」と返していたが、もはやそれもしなくなった。


 物心ついた頃は、もう少し幸福というものに近しい生活をしていたかもしれない。たくましく溌剌はつらつとした父がいて、優しくほがらかな母がいて、毎日が明るく輝いていた。


 それが失われたのは父がいなくなったせいだった。


 父は、突然いなくなった。いつものように食料を調達しに森の奥へ入り、そのまま帰ってこなかった。父が戻らぬと半狂乱になり倒れた母をベッドに横たえ、自分の知っている限りの狩場へ足を運んだ。

 狩りの基礎はもう教え終わったと笑って、次の新月の夜から肩を並べて狩りをしようと言っていた父は、どこにもいなかった。

 狩場だけでなく、崖下や洞窟、森の中を何日探し歩いたか分からない。母が「もういいわ」と泣き腫らした顔で告げるまで、僕は延々と捜索を続けていた。


 父を諦めた頃には、母は立ち上がれなくなっていた。元々父に支えられて日々を過ごしていたくらいだったのだ。精神的な支柱をも失い、母は一気に老け込んだ。それでも死の川を渡らなかったのは、僕がいたからだった。僕が初めてウサギを捕まえた時、僕が初めて料理を焦がさず作れた時、僕の成長を感じる度、母の生気はほんの少しだけ回復した。


 母に食事を食べさせた後、残り物を食べて洗い物を済ませる。洗濯物は既に干してあるし、薪割りも終わっていた。仕掛けた罠を見に行こうと森へ入った時、いつもと異なる気配を感じた。


「…………なんだ……?」


 昨日までの森と何が違うのかと考えた時、音がしないのだと気付いた。鳥のさえずりも虫の鳴き声も、獣の気配すらしなかった。

 静まり返った森の中、周囲を警戒しながら罠を確認しに行く。罠には、何もかかっていなかった。餌に近付いてきた痕跡すらない。


 森に何が起こっているんだ。


 ふと、父のことを思い出す。父が帰ってこなかった日も、森は静かではなかったか?

 自分が帰らなければ、今度こそ母は死ぬ。僕は罠の確認もそこそこに家へと戻った。


 家の前、開けたところについた瞬間、気付く。

 玄関扉が、開いている。


 母が自分で開けるはずはない。何が起きているのか分からずナイフを構えながら家の中をうかがった。


「は?」


 そこには、

 いなくなった時の姿のままの、父がいた。そして、伸ばされた腕がどす黒く染まっていて、足元に大きな血溜まりが出来ていて、腕の先に、母が。

 父の腕に貫かれて、母が死んでいた。


「な……え……?」

「ああ、おかえりハイヴ、遅かったな」


 こちらを振り向いた父の顔は返り血で染まっていて、けれどその顔は記憶の中の父のものそのままで、細められた目も、大きく開いて笑う口も、何もかも、父で。


 父が腕を下ろすと、びちゃっと血を周囲に撒き散らしながら母の身体が床に落ちた。腹に大きく穴が空き、内臓が飛び出ている。身開かれた瞳に僕が映ることはもう、ない。


 父の腕は人間のものとは思えぬほどに太く脈打ち、爪は獣のそれよりも鋭かった。

 一体何がどうなっているのか。現状を理解するより早く、僕の腹にも父の腕が、刺さっていた。


「ごふっ……」

「大きくなったなァ、食い甲斐がある。家族の肉は別格なんだと。あァ〜〜楽しみだ、タのしミダなァ〜」


 父の顔が歪む。瞳孔が縦に細まり、ゲラゲラと笑う口からは尖った歯が見えた。

 痛い、痛い、痛い。目が眩むような痛みが襲い、意識が遠くなる。父はどうなってしまったのだろう。元からこんな、化け物だったのか?

 ああ、もう何も考えられない。母も、僕も、父に喰われてしまうのだ。

 僕の腕の骨が齧られる音を聞きながら、僕は意識を手放した。



 ふと、目が覚める。せ返るほどの血の匂い。ぐちゃぐちゃと、ガリガリと、なにかを食べる音がする。目に入る天井は見慣れたもので、ここが自分の家だとすぐに分かる。薄暗い部屋の中、ただ嫌な音だけが響いて。


 どうして僕は生きているんだろう。痛みも感じない。自分の身体がどうなっているのか確認しようと顔を上げると、視界に入ったのは骨ばかりだった。


 どうして、僕は、生きているんだ。


 立ちあがろうと思うと、骨がカチャリと動いた。ああ、目の前に見えている骨はやはり自分のものなのだと、あまりに冷静すぎる思考に驚く。やはり父は生まれながらの化け物で、その子供の僕も、化け物だったということなのか。

 骨の身体を動かすのは難しい。父が母に夢中になっていてくれて助かった。なるべく音を立てないようにゆっくりと立ち上がり、手を握ったり開いたり動かしてみる。床に転がっていたナイフを握り、問題なく扱えそうだと安堵した。


 床に座り込んで母を喰う父は、猿に似ていた。化け物とはいえ、生き物であることに変わりはないだろう。きっと、急所は同じはず。

 これは、狩りなのだ。

 どこにあるか分からない心臓を狙うより、脳を破壊した方が早そうだ。父の背後に迫り、脳天めがけてナイフを振り下ろした。


 嫌な感覚と共に、自分のものではない記憶が流れ込んできた。音もなく不鮮明でよく分からないが、どうやら父のものらしい。森の中、何かに追われて崖から落ちた父。命の灯火が消え切る前、父の身体に不気味に蠢く肉塊のようなものを埋め込む影が見える。そして母を殺し、僕を殺した父の身体から、その肉塊が僕に向かって飛び出すのが見えた。


 映像が途切れ、我に返る。父は、死んでいた。何に抵抗もなく死んだらしい父に疑問を抱くより早く、父の肉体がぐずぐずと崩れていく。そしてその崩れた肉が、僕の肉体を形作っていった。


 気が付けば、足元には父だった骨が転がっていた。頭蓋骨の頭頂部には大きな傷があるが、それ以外は綺麗な骨だった。父の骨に寄り添うように、母がいた。母もほとんど喰われてしまって、もう骨しかないも同然だった。


 僕は両親の骨を、ベッドに並べた。母一人では大きすぎたベッドも、二人が並べば狭いくらいで。二人分の骨を並べてから、裏手の井戸に向かった。

 バケツに汲んだ水へ己の顔を映してみる。そこには、見慣れた顔があった。間違いなく、自分の顔だった。

 全身を水で清めながら確認していく。さきほどまで骨だけだったなどと誰が信じるだろう。腕も、足も、自由に動く。まるで元通りだった。


 でも。


 何ひとつ元通りではないことを知っている。今の自分を形作っているものが、父を狂わせた肉塊だと理解している。あれは、何だ。父の、母の、僕の人生を壊したのは、何者なのだ。

 父の記憶の中にあった影が、きっと何かを知っている。父がいなくなってから今日まで、それなりに長い期間が経っているということは、きっとあの肉塊が僕を支配するにしても今すぐというわけではないのだろう。


 それなら。

 探そう、あの影を。


 どうやら肉塊は、本体から切り離されたものであるようで、本体がいる方向が何となく感じられる。己の身体を取り戻そうと、肉塊を呼んでいる気配がする。


 僕は家に戻り、服を着た。最低限の装備を身に付け、数日分の携帯食を鞄に入れる。果たして、この身体に食事は必要なのか分からないが。

 肉塊を呼ぶ気配のする方へ。玄関を閉めてきっともう帰らない家に別れを告げて歩き出す僕の前に、一匹のコウモリが飛んでくる。


「おや、珍しい。世代交代か」


 コウモリは見る間に女の姿を取った。身体のラインに沿った黒のドレスをまとう女は僕の前に立つと不躾ぶしつけに顔を近付けてくる。咄嗟とっさに振り上げた手を素早くかわした女は、クスクスと笑って僕を見た。


「お前、私の眷属けんぞくになる気はあるか」

「ない」

「あっははは、お前の父にそれを埋め込んだやつのことを教えてやると言っても?」

「……ッ!」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた女が差し出した手を、取りたくなどなかった。きっと今なら僕は、この女を殺せると思った。


 けれど。


 いつ自我を失うか分からない状況で、情報源を切り捨てることはできなかった。


「眷属とはなんだ。詳しい話を聞かずに簡単にはうなずけない」


 そう答えることが精一杯の自分が、悔しかった。

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