第19回/学園から追放されそうでしたが、今度は男装して王子の従者として通うことになりました/総合57位
第3会場22番
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会場17位/総合57位
《あらすじ》
公爵令嬢ヴィオラの従者であるリズはある日彼女の怒りをかってしまい、寮と学園から追放されることになってしまう。
そんな絶望の最中、ヴィオラの婚約者であるオルトワーズ第二王子に声をかけられる。
彼に相談しようか悩んでいるところにヴィオラが現れ言い争いを始めてしまう。
とっさにリズはある魔法を使ってオルトとともにこの場から逃げることに成功する。
リズの秘密を知ったオルトは彼女に学園に残り続けられる提案を持ちかけるのであった。
《本文》
はぁ……と何度目かわからないため息がリズの口からこぼれ落ちる。
貴族としての身分を手に入れるため、必死で入学した王立学園。華々しい未来を内包していたはずの学園寮の壁が、リズを拒絶するように
寮の前で突っ立っていても何も変わらない。そう十分理解しながらも、リズはもう一度大きなため息をつく。とぼとぼとあてもなく歩きながら、自分の主人であるフェディニール公爵令嬢ヴィオラの言葉を思い返していた。
◆
「あんたのせいで大恥をかいたじゃない! 追放よ! 今すぐにここから出ていきなさい!」
普段からわがままで周囲の人間を困らせる人ではあったが、あの時ほど激高したヴィオラを見るのは初めてだった。
そもそもヴィオラは一昨日まで王家主催のパーティに参加していたはずで、更にはその後彼女の実家へ一度帰るという予定だったのだ。
今夜も平和に過ごせるねと笑い合っていたルームメイトだけでなく、寮にいる者たちは全員揃ってリズを寮から追い出す準備をし始めた。
寮生たちはヴィオラに逆らえない。誰もがフェディニール家からの支援なしに学園生活を送れないからだ。
寮生たちが申し訳なさそうに、しかしヴィオラに見つからぬよう謝りはするものの、敢えなくリズは寮から締め出されてしまったのだった。
◆
「どうしよう……」
ヴィオラをあそこまで怒らせてしまった理由は分からない。理由などないのかもしれない。
問題なのは、彼女に直接追放を言い渡されてしまったこと。
実際に資金援助をしているのは彼女の親であるとはいえ、彼女の意思に逆らってまでリズに支援するとは考えにくい。
支援者を失ったリズが学園に通い続けるためには、莫大な費用をどうにか工面しなければならないのだが、しがない酒場経営者の両親に支払い能力があるわけもない。
他に支援者を見つけることができれば話は簡単だが、王国でも一二を争う名門フェディニール家から疎まれたリズを支援しようとするような貴族は皆無と言っていいだろう。
つまり手詰まり。
学園からの追放確定というのが今のリズの現状である。
「フェディニール家に認めてもらえたんだって……父さんたちも大喜びだったのに……」
リズは唯一の持ち物である鞄を両手に抱え、また深くため息を付いた。
「どうした? こんなところに一人とは」
「ひゃい!」
「ああ、驚かせてすまない」
声のした方へ振り返ったリズは、ほとんど反射に近いスピードで頭を下げた。
「お、おおおオルトワーズ様……! ご機嫌麗しゅう……」
オルトワーズ第二王子。
リズが日常生活を送る中では、決して直接交流することのない相手だった。
不敬だと理解しつつも、至近距離に立つ王族を思わず観察してしまう。
朝日によって見事に輝きを放つ短い金髪に、顔つきこそ強面ではあるが優しさを感じる声。
先程まで鍛錬していたのだろう、濡れた半袖の上着からはしっかりと鍛え上げられたその美しい体が透けていて、リズは思わず顔を赤く染めながら目を背けた。
「ここは俺のお気に入りの休憩場所でな」
オルトはそう言うと腰についていた水筒を取り、そのまま一気に飲み干した。
「休もうと思ったところに君が座っていたのを見かけて声をかけたというわけだ」
彼は水筒を腰につけ直すと、木陰に立って柔軟体操をし始める。
「確か、ヴィオラのところの……リズだったな。なにかあったのか?」
「私のことをご存知で……?」
「記憶力は良い方でね」
会話をしながらも、オルトは柔軟を止めなかった。それは緊張させまいというオルトの配慮であったのだろうが、リズにしてみれば第二王子に話を聞いてもらうこと自体が恐れ多く、「実はヴィオラ様に『追放よ』と言われまして……」などと正直に話すことはできなかった。
ヴィオラの婚約者であるオルトに、仲介を頼むこともできなかった。
「そこで何をしているのかしら。オルト様」
「見ての通り、朝のトレーニングだが?」
二人の間の無言の空間を切り裂いて飛び込んできた声に、リズは硬直した。
血の気が一気に引いていく感覚。倒れてしまいそうになる身体を必死に保ち、鞄から取り出したフード付きのローブを羽織った。
ヴィオラの声だった。最悪のタイミングで耳に飛び込んできた、彼女の高い声。
今のこの状況、リズがオルトに助けを求めているようにしか見えないだろう。
婚約者であるオルトに直談判しに来たと思われては、許しの目は完全に潰えてしまう。
幸いヴィオラの位置からはオルトが壁になってくれていることでリズの顔までは見ることができなかった。
目深にフードをかぶり、息を殺す。
「トレーニングのついでに女生徒へ声をかけたのですか。第二王子様は手がお早いようですわね」
「困っている人間を無視できるほど薄情な人間ではなくてね。それより君こそ異性関係には気をつけたほうが良いと思うが」
まるで火花でも散っていそうな棘のある言葉の応酬に、この二人はこんなにも仲が悪かっただろうかと疑問が浮かぶが、今はそれどころではない。
二人が言い争っている間に逃げてしまいたい。けれど、逃げる場所などない。
やるしかない。そう心に決め、リズは自らに魔法をかけ始めた。
(大丈夫。バレない。大丈夫。私はリズじゃない……リズじゃない……私は……)
「あなた、リズなのではなくて? こそこそと隠れていないで姿をお見せなさい!」
素早い動きでオルトの背後に回り込んだヴィオラは、勢いよくフードをめくりあげた。
ぼさぼさの黒髪で顔を隠す地味なリズの顔が現れると思っていたヴィオラは、怪訝そうな顔をして掴んでいたフードから手を離す。
短く切り揃えられた小麦色の髪、ナイフを感じさせるような冷たく鋭い翡翠色の瞳、少し丸みを帯びた尖り耳。
「なに?」
「なんですの、その言葉遣い。あなた、私が何者なのかわからないの?」
「さぁ。あたし北の生まれだから」
普段のリズの言葉遣いとは完全に異なる。訛りの少し混ざった、王国北部出身者に多い特徴的な口調で彼女の言葉に反応した。
いつもは俯いて見ないようにしているヴィオラの瞳を、真正面から受け止めてリズは笑った。
「……ただ、喧嘩売られてるのはわかるよ」
ずい、と鼻先が触れるか触れないかの距離まで近付けば、ヴィオラは顔を赤くして一歩後ずさる。その一瞬をリズは見逃さなかった。
「ねぇ、助けてくれるって言ったよね」
リズはそう言いながらオルトの腕に自分の腕を絡ませると、有無を言わさず彼を引っ張った。
振り解かれるかと思ったが、ヴィオラが落ち着きを取り戻す前に二人でその場を離れることに成功したのだった。
どれほどの距離を逃げたのか、息苦しさが限界を迎えリズは立ち止まり、そのまま壁にもたれかかった。
はぁぁと大きく呼吸をすれば、新鮮な空気に満たされる。
「き、緊張しました……」
「君は一体……?」
先程までの勇気は消え去り、ヴィオラに反論して第二王子の腕を取ったことに対する様々な感情がリズの中を渦巻いた。今になって全身が震え、嫌な汗が噴き出してくる。
「どどどどどうしましょう……わ、わたし、わたしヴィオラ様にあんなことしてしまいました……オルトワーズ様にもなんという不敬を……!」
「……そうか、変身魔法か」
「は、はい!」
どんな罰でも受けようと覚悟していたリズは、オルトからの質問に直立不動で答えた。
全く別の人間に成り代われる変身魔法の希少な使い手。
それこそが、リズがこの王立学園に来ることを許された最大の理由だった。
「噂には聞いたことがあったが、これほどとは。俺も別人だと思ってしまったよ」
「お恥ずかしい限りで……」
徐々に魔法が解け、小麦色の髪が黒へと戻り始める。
じわじわと伸びた前髪が、そのままリズの顔をオルトから隠した。
変身魔法は外見を変えるだけ。身体能力や性格を変えるわけではない。
だが、リズにとってこの魔法は自分ではない存在に変われる魔法だった。
先程のヴィオラに啖呵を切った女性は、リズが酒場を手伝っていたときに見ていた女冒険者だった。
彼女であれば凛としてヴィオラに立ち向かうだろうと。そう思ったから。
リズは残っていたもう少しの勇気を振り絞り、オルトに事情を話した。
突然追放を言い渡されたこと、寮から追い出されたこと、このままでは退学になってしまうこと、なんとしても卒業したいこと。
話を聞き終わった後、しばらく悩んでいたオルトが何かをひらめいた様子でリズを見た。
「リズ。君は男に変身することはできるか? 理想は学園の人間が知らない男なんだが」
「わたしが知っている男性であれば誰にでもなれるので……大丈夫だと思います」
「よし。ならば俺の従者になってくれ」
「え?」
「俺の管理下にあるのは男性寮だから、君を受け入れることができない。だが男になれるのであれば話は別だ。制服などの準備はこちらで用意する。ヴィオラの行動の原因はわからないが、ほとぼりが覚めた頃に君を許してくれるよう頼んでみよう」
「!」
「許しが得られるまで授業を受けないのは痛手だろう? それまで俺の従者として学園に通うのは悪い話ではないと思うが」
「で、でも、オルトワーズ様になんの利点が」
「詳しくは言えないが、利点はあるんだ。どうだ?」
そうまで言われてしまえば、リズに選択肢などなかった。
「オルト様。どうか私を従者にしてください!」
「契約成立、だな」
こうして、リズの運命の歯車は少しだけその動きを変えたのだった。
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