第20回/帝都あやかし事件簿 〜幻の陰陽師〜/特別会場8位
特別会場17番
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会場8位
《あらすじ》
時は大正、妖怪たちの住まう屋敷で暮らすおキヨ。
人の世に紛れて生きる妖怪たちが正体を暴かれぬよう、ボロが出ていないか確認するのもおキヨの大切な仕事である。
そんなおキヨがある日、裏山で瀕死の男を発見した。
倒れていたのは帝国陸軍特務機関所属の東堂。
帝都を騒がす透明人間を調査中、奇襲を受けて壊滅状態に陥った部隊から唯一逃げ延びた男だった。
白昼堂々、人の往来の多い街道で起きた複数の殺人事件。
犯人は透明人間以外有り得ないと噂されるその事件の解決に、妖怪嫌いの東堂と、妖怪を従えたおキヨが挑む!
《本文》
おキヨの朝は早い。
米が好き、生の肉が好き、魚が、虫が、屋敷に暮らすたくさんの妖怪の好みに合わせた朝食を用意し、起床時間に間に合わせるからだ。
「おっきろー!」
全ての支度が整った午前六時。みんなの耳を(それ以外も)ビリビリと刺激する由緒正しい寺の鐘をガンガン鳴らすと、屋敷の中が一気に騒がしくなった。おキヨが握れるように加工の施された小さな鐘は、不測の事態に陥った時の武器にもなるので普段は帯に刺してある。
鐘が鳴らされる前に目覚めていた妖怪たちは結界を張るといった防衛策を施していて、耳や身体をさすりながら部屋から出てくるのは寝坊助ばかり。
ずらり並んだお膳の前に行儀よく座る者がほとんどだが、庭の池や木の上、屋根の上で食事を摂る者もいた。
「いただきます!」
おキヨの号令で手を合わせ、思い思いに朝ご飯を食べる。おキヨの手が入ったご飯を食べれば、霊力が揺らいでいた妖怪も元気ハツラツ、身体が跳ねるようだった。
手早く食事を済ませ、家を出ようとする書生姿の青年が一人。折れた襟元から覗く首筋には、ミミズ腫れのような傷跡があった。
「ちょっと待って
「あぁ、すみません……」
彼は夜になると頭と胴体が離れ離れになるのだ。そのため、首には常に傷跡が残る。以前は包帯を巻いて隠していたが、シャツを着るようになってからは面倒が勝ってしまうらしい。おキヨが注意するのはこれが初めてではなかった。下駄箱の横に置かれた全身鏡で襟元を直し、駆け足で出て行く。
人間ではないことが知られてしまっては生活が立ち行かない。疑われる要素は極力少なくしなくてはならないのだ。
危ない危ないと胸を撫で下ろしたおキヨの目の前を、ボブカットに萌黄色のスーツを着こなしたモガが通り過ぎる。今日もお仕事頑張ってと言いかけたおキヨが叫び声をあげた。
「ちょっとちょっと、嘘でしょミヤ姉さん! シッポ!」
「にゃーー?!」
髪も整え化粧も施し、それでいてスカートの上からシッポが伸びているのだから笑えない。大方、用を足す時に気が緩み、惰性で下着とスカートを履いたのだろう。
外へ出る妖怪を全員見送った後、朝食に出した食器類を片付け、そうしてようやくおキヨの食事になる。
台所の一角で特大の握り飯を三つたいらげ、腹をさすった。
掃除や洗濯は外に出ない妖怪たちが手伝ってくれるため、おキヨの負担はそこまで大きくなかった。あかなめはいつだってお風呂場を綺麗にしておいてくれるし、湿気が多くて洗濯物が乾くか心配していると、天狗が風を起こして乾かしてくれたりもする。
広大な庭の隅に設けられた干し場に、
家からすぐの井戸では
雑草の生えてきた道を歩いていると、どこからか呻き声が聞こえてきた。耳を澄まして声のする方へと歩めば、ぐにっと嫌な感触が足の裏に伝わる。
「うわわわわ」
慌てて飛び退くと、そこには泥だらけの男が倒れていた。シャツの背中が大きく裂け、血で汚れている。呻き声はもうほとんど聞こえなくなっていて、おキヨは大きな声で叫んだ。
「人間! 瀕死! お屋敷に運んでー!」
+++
すぐに我に返って身体を動かそうとするも、焼け付くような痛みに呻き声が漏れただけだった。うつ伏せに寝かされていて、顔を少し動かそうとするだけでも雷に打たれたような痛みが全身を襲う。
「動かないで! あなたすごい怪我してたのよ、身体が真っ二つになっててもおかしくないくらいの!」
「こ、こは……?」
己の口から出たとは思えぬ掠れ声に、東堂は想像以上に自身が消耗していることを悟った。そういえば意識を失う前は、もう死んだと思ったものだった。
「ここはわたしたちが住むお屋敷。あなたはどこから来たの? あ、ちょっと待ってね、今お水を飲ませてあげるから」
少女はそう言って東堂の口元へと水差しを持ってきた。吸い口からごくごくと水を飲めば、体内に冷たいものが流れていくのが分かる。はぁ、と深く息を吐いた時、視界の片隅に水かきの付いた足が見えた。それはまるで河童の足で。
「あやかし、か?!」
——なんだこの少女の霊力量は!
所属する部隊の中で隊長の次に霊力が高いのが自慢だった東堂は、もはやその総量すら分からぬほどの霊力に混乱した。
「あなたが高熱でうなされてる時に冷やしてくれたのは雪女の姉さん! 薬に使う薬草を山まで取りに行ってくれたのは一反木綿のみんな! 綺麗な水が飲めるのは
「た、たぬきの……」
「おキヨ、喋りすぎ」
「あ……、ごめん、つい……」
おキヨと呼ばれた少女は、隣に立っていた女性に
「今聞いたこと、他言無用に願います。喋れば永遠に溶けない氷に閉じ込めますから、そのつもりで行動なされませ」
「貴女が……俺の熱を?」
「おキヨが頼むから仕方なくです。早く歩けるようになって下界へお帰りくださいまし」
「言われずとも……、俺は
東堂がそう言った途端、部屋に流れる空気が止まった。そしておキヨが首を傾げ、女性の腕から抜け出ると枕元に立つ。
「加茂小路家清春はわたしだけど、何の御用?」
「は?」
今度は東堂の時が止まる番だった。近頃の帝都を騒がせる透明人間の調査の最中、鬼火を操る集団によって壊滅状態に追い込まれた特務機関第一部隊の一員だった東堂は、襲撃の最中に命ぜられたのだ。
加茂小路家清春といえば、もはや
確かに先ほど腕を掴まれた時に感じた霊力は凄まじかったが、それにしても見た目が幼女のそれである。
「信じられないんだ」
「その……すまない」
「別に信じなくてもいいんだよ」
「あ、いや、痛……ッ」
拗ねた顔のまま部屋を出て行こうとするおキヨを、必死になって呼び止める。完全に信じた訳ではないが、疑ったせいで仲間を失ってしまうことの方が恐ろしかった。
背中の痛みに歯を食いしばりながら、何とか事情を説明する。助けてほしいのだと。
「助けろと言われても、あなたと同じように攻撃されていたとしたら、もうお仲間は生きていないと思うよ。刀に鬼火をまとわせて斬ることで治癒の力を弾いてるから。あなたが生きていて、回復の見込みがあるのは特別なの」
「そんな……」
言葉を失う東堂に、おキヨは溜息を一つこぼした。それから一度開け放った戸を閉め、枕元に戻ってくる。
「お仲間の名前と生年月日は分かる?」
おキヨの背後から、雪女の突き刺さるような冷たい視線を浴びつつ、東堂は皆の名と生まれを言った。
いつの間にか東堂の周囲には赤い小鬼が数匹跳ねていて、床に一生懸命大きな紙を広げていた。鬼のうちの一匹から筆を受け取ったおキヨが、紙にサラサラと何かを書き込んでいく。かなり大雑把ではあるが、どうやら帝都の地図であるらしい。
そこに遅れてやってきた数匹の小鬼たち。抜き身の刀とボロ雑巾のようになった隊服を重たそうに運び、おキヨの傍らに置いた。
「それは、俺の」
「お仲間の血をもらうの。仲間思いのあなたの刀や服には、みんなの血がかかっているから」
「…………ッ」
助けようにも、助けられなかった。むしろ守られ、逃された。東堂は自分の無力さを見せつけられたような気がした。
黙り込む東堂をよそに、おキヨは作業を進めていく。まち針を数本持ち、名を呟きながら血を
「どこにいるのか教えて」
地図の上にまち針を落とすと、それぞれの針が自立し、ぐるぐると動きまわってから止まった。全ての針が、同じ区画に突き刺さっているらしい。
「みんな、死んでない。でも生きているとも言えないみたい」
「どういう、ことだ」
「無理やり生かされてる。術を切ればすぐに死んじゃうくらい無理やり。何かの実験に使ってるのかも。ここ、たしか研究所でしょ?」
針の刺さった区画。そこは確かに研究所だった。
東堂のよく知る、
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