第12回/拾われ少女は社長の右手/総合20位
第1会場11番
1位票:4/2位票:6/3位票:2
会場7位/総合20位
《あらすじ》
幼い頃に両親を亡くし、叔父夫婦に引き取られた加賀知世子。
虐待を受けながらもずっと我慢して生きてきたものの、高校卒業と共に若い処女を好む金持ちのおじさんに売られることを知り、遺書をしたため自殺することに。
しかし、自殺しようとした知世子を止める男がいた。
遺書の文字が綺麗であることを理由に、字の下手な自分の代筆をしてくれれば助けようと言う男は、叔父の会社の社長、東宮総一郎だった。
東宮の代筆を務める中、様々な人間の様々な思惑に触れた知世子。
字が下手なこと以外は完璧なはずの東宮。
その隠された弱さに気付いた知世子は、東宮のために筆をとる。
想いを込めた文字が紡ぐ、手紙を通した恋愛模様。
この文字は、あなたのために。
この文字は、私だけのもの。
《本文》
拝啓、天国のお父さんお母さん
二人の分まで、私が長生きしようと思っていました。
けれど、もう耐えられません。
四十も歳の離れた、脂ぎった変態ジジイの愛人にされて一生飼い殺されるくらいなら、私は自ら死を選びます。
よく、自殺をしたら天国には行けないというけれど、お父さんとお母さんに一目会うくらい、神様なら許してくれると信じています。
お父さんとお母さんの残してくれた財産は、すべて叔父と叔母に取られています。
私の自由になるお金は、1円たりともありませんでした。
私はただの駒でした。
叔父と叔母には、恨みしかありません。
どうかこの遺書が、叔父や叔母ではない、第三者の目に触れますように。
加賀知世子
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私、
ここは、私を引き取った叔父の勤める会社の屋上。
高校の卒業式を明日に控え、私は心を決めていた。
両親が死んだのは、私が小学三年生の頃。
モデルの母と、その専属カメラマンだった父は、撮影から帰る途中でトラックに追突された。
助手席側から追突されたため、美しかった母はほとんど原型を留めない無残な姿となって帰ってきた。
父も、母よりはマシといった程度でしかなかったが。
二人の葬式は、母のマネージャーが中心になって行ってくれた。
何も分からなかった私は彼女に助けられ、二人とのお別れをすることができたのだった。
その葬式の最中、突然現れた叔父と叔母に引き取られることになった。
あまりに非常識だったため、マネージャーさんは私を心配して色々としてくれたようだったけれど、結局のところ血の繋がりというものは強かった。
私はその日から今まで、彼らの欲を満たすための駒として育てられたのだった。
学校と家の往復しかさせてもらえず、成績上位をキープし続けなければ服に隠れる部分に暴力を受けた。
そのくせ私の美容には気を使っていて不思議に思ったが、その理由は十五の誕生日に分かった。
私は高校を卒業したら、金持ちのおじさんの慰みものになるのだそうだ。
その人は美しく清純な少女が大好きなのだそうで、私をそれはそれは高く買ってくれるのだとか。
感謝しなさいと言われたけれど、ウシガエルよりも醜い中年男性に感謝などできるはずもなかった。
いつか、逃げ出そうと思っていた。
けれど、そんなに簡単に実行できることでもなく。
お金も身分もなくて生きていけるほど、世の中は優しくない。
生きていけないなら、死のうと思った。
せめて、綺麗なままで。
私は今、学校にいることになっている。
保健室の先生に協力してもらい、抜け出したのだ。
先生には、九割の事実を話して協力してもらった。
卒業したら自由がなくなってしまうから、その前にほんの少しだけ外の空気が吸いたいのだと。
学校から叔父の会社までは、それほど遠くない。
友達に自転車を借りて、数十分で到着だ。
叔父が酔った時に話していた非常階段をこっそり登り、屋上へ。
屋上で密かにタバコを吸う人がいるのだと話していたからドキドキしていたが、幸いなことに無人だった。
私はローファーと靴下を脱いだ。
足の裏に触れたコンクリートが冷たくて、緊張で火照った身体の熱を奪い去っていく。
丁寧に並べたローファーの横に、同じく丁寧に折りたたんだ靴下を。
それからかかと部分で踏み付けるようにして、遺書を置いた。
品行方正、文武両道な少女になれと、叔母は私に様々な習い事をさせた。
書道もその一つ。
包み紙に書かれた遺書という二文字も、中の手紙も、私が魂を込めて書いた筆文字である。
高層ビルから飛び降りたら、死体はきっとぐちゃぐちゃだろうけれど、せめてそれ以外は美しくありたかった。
フェンスに指を掛ける。
足の指に力を入れ、よじ登った。
ギシギシと揺れるフェンスなんかには、私を止められない。
風に長い黒髪をなびかせながら、私は世界を見下ろした。
私は、自由だ。
青い空、照りつける太陽。
風は冷たいけれど、それすらも私を喜ばせる。
数年ぶりに、息をした気がした。
そして私は、覚悟を決めた。
「待て」
急に声を掛けられて、慌てて振り向く。
いつの間に、人が。
バランスを崩しそうになる身体を、フェンスに掴まることで安定させる。
高級そうなスーツに身を包んだ背の高い男性は、私の遺書を手に持っていた。
中身もバッチリ読まれたらしい。
私の遺書を顔の横でヒラヒラと揺らし、私を見つめる。
整った顔というのはこういう顔を言うのだろう。
そんな男性に真正面から見つめられ、私はいまさら心臓がバクバクと脈打っていることに気付く。
「これはお前が書いたのか」
これ、というのは遺書のことだろう。
私は声を発することができず、首を縦に振ることで肯定した。
すると、男性はふんと鼻を鳴らし、私の方へ歩みを進めた。
フェンスを掴んでいた私の指先に、男性の指が触れる。
たったそれだけのことなのに息が詰まった。
「お前を助けてやる。その代わり、俺の右手になれ」
言われたことが理解できず、私はとても間抜けな顔をしていただろう。
助ける、とは、どういうことだろう。
右手になるとは?
「説明するから、とりあえずこっちに来い。死なれるともったいない」
「もったいない……」
男性の指が離れていき、私はフェンスをよじ登って安全圏へと降り立った。
死のうと思っていたのに一体何をしているのだろうと思いながらも、男性に近付く。
「俺は
なぜだろう。
テレビもラジオも無縁の生活を送っているのに、私はその名前に聞き覚えがあった。
とうぐう、東宮……。
「えっ、社長さん……?」
そうだ。
叔父が、新しく代表取締役が変わったのだと言っていた。
ビールを何本も空け、真っ赤な顔をして「若造がしゃしゃり出て来やがって!」と息巻いていた姿を思い出す。
「そうだ。お前が死のうとしたこのビルは、俺のものということだな」
「あ、えっと……すみません……」
「それはいい。お前は死なないんだからな。右手になれというのは単純な話だ。俺は字が下手なんだよ。だから、可能な限り代筆を頼みたい」
「代筆」
「そうだ。だが、代筆を頼むにしてもその内容は社外秘。下手なやつに頼むと一瞬にして俺の立場が危うくなる可能性が大きい。その点、お前は安心だ。俺に不利なことをすれば、変態ジジイに差し出されるんだからな」
「そ、れは」
「どうだ。衣食住は確保してやる。変態ジジイについても対処してやろう。代筆業に対しての謝礼も出す」
どう、と言われても、私には頷くことしかできない。
だって、この人の申し出に頷かなければ私は死を選ぶしかないのだから。
というより、こんなにも好待遇でいいのだろうか。
話が急すぎる上に美味すぎて、どうにも信用できない。
私の
「信用するかしないかはお前次第だ。俺はお前の返事を聞かずにお前を見捨ててここから立ち去ることもできる。それをしないこと、そしてお前に不利な条件を出さないことで信用してもらうことしかできない」
そう、私がこうやって悩んでいる間に、立ち去ったっていいのだ。
自社のビルから飛び降り自殺者が出たといっても、東宮さんのせいで私が死ぬわけでもない。
一時は問題になるかもしれないが、すぐさま忘れ去られるだろう。
そんな私に声をかけたのは、本当に私の字が欲しかったから?
「よ、よろしくお願いします!」
「決まりだな」
東宮さんが声をかけると、今まで扉の向こう側に待機していたのだろうお付きの方々が出てきて私を取り囲んだ。
スーツとサングラス姿の人たちの中には女の人もいて、その人が私に微笑みかけてくれる。
あれよあれよという間に私は広いアパートの一室を貸し与えられ、これからの生活について説明を受けるのだった。
説明をしてくれるのは私に微笑みかけてくれた女の人で、田渕と名乗った。
田渕さんは私の専属になったそうで、仕事の際に着る服やなんかも全て手配してくれた。
叔父さんたちが私の状況を知って、何か問題になっているのではと尋ねると、田渕さんは横に首を振った。
「知世子さまがご心配なさらずともよいことです。何も気にせず、社長のお役に立ってくださいませ」
「分かりました……でも、一応私の血縁者の問題ですから、何かあれば言ってくださいね!」
「承知いたしました」
田渕さんが夕食まで作ろうとするので、慌てて止めた。
そこまでお世話になるわけにはいかない。
材料はあるのだから、料理くらい自分でできる。
そう言うと、田渕さんはすこし残念そうに、明日の迎えの時間を言い残して去っていった。
え、も、もしかして作りたかったのかな……覚えたてのレシピが試したかったとか……?
一人きりになった部屋の中、私は大きく腕を伸ばして深呼吸をした。
こんなに息が吸えたのは、両親が亡くなって以来初めてのことかもしれなかった。
予想外に始まった新しい生活。新しい人生。
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拝啓、天国のお父さんお母さん
二人に会いに行くのは、まだ先になりそうです。
加賀知世子
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