誘拐救出㊙作戦

澄瀬 凛

誘拐救出㊙作戦

 お金持ちの子どもをそそのかし、人知れず誘拐成功、とおもいきや、途中その子どものわがままによりコンビニに立ち寄ったことが、誘拐犯の運のツキであった。


 子どもがトイレにこもっている間、そのドアに寄りかかり、イライラと貧乏ゆすりをしていると。


「レジの金を全部だせ」


 そのまま金だけ奪ってとっとと立ち去るかとおもいきや、何故かそのコンビニ強盗ふたりは自動ドアやらをすべて停止させて、コンビニに立てこもり始めたのだ。


 店内にいた客と従業員を拘束し、一箇所に集め始めた。男も例外なく。


 誘拐犯から一転、まさかの強盗の人質になってしまうとは。

 混乱し、自らの不運を呪う男やその他数人の人質、店員に対し、拳銃らしき物体片手の強盗ひとりが口にしたのは、予想外の一言であった。



「このなかに、私たちの子どもを誘拐した奴がいる」


 なんだって?



 ぎくりとした。

 瞬間、強盗の銃口がゆっくりと、男へと向けられた。


「私たちの子どもはどこだ」

「えっ」

 何故そんな迷いもなく、こちらを誘拐犯だと断言してくるのだ。そしてなにより、私たちの子どもって。


 男の混乱と同時に、店の奥から子どもが顔を出した。

 途端、強盗が子どもの名を呼び、子どももまた、パパ、ママ、と叫びつつ強盗に駆け寄り、親子三人感動の再会。だが両親ふたり共に全身黒ずくめの覆面姿なため、なんとも言い難い光景に見えた。


「では、あなた方への依頼はここまでです。お疲れ様でした~」

 気が抜けるほどのかけ声と共に、男の周りを囲んでいた人質たちが次々立ち上がり、それぞれの拘束を解き、お疲れ様でした~と挨拶を交わし合いながら、コンビニの店内奥へと消えていく。

 店内に残ったのは誘拐犯の男と強盗ふたりと子ども、そして先ほど解散の号令をかけた男だけ。


「どうなってんだ! 何なんだよいったいっ」

 ようやく、自らを囲む数々の異変を意識し始め、拘束されたままの手足をバタバタさせた。


「この辺り近隣のサークルの方々に急遽協力してもらって、コンビニ強盗をでっちあげたのですよ。誘拐された子どもの命を救い出すとともに、あなたを秘密裏に始末するためにね」

 男がにっこりと笑う。


「ちなみにサークルというのは、所定の料金を支払えば老若男女様々な人間を派遣し、それぞれに与えられたどんな役も演じてもらえる、迅速、丁寧な人材派遣が売りの組織です。あなた以外の人質とコンビニ店員は、皆サークルのメンバーです」


 そんな馬鹿な。

 最初男が子どもと共にコンビニへと入店した時、店内にこれといった、変わった様子などなかった。どこにでもある、普通のコンビニだった。

 男が子どものわがままでトイレに付き合っていたのは、わずか数分ほどだ。そんな短時間で、コンビニの店員と客全てが、この男の言うサークルのメンバーとまるごと入れ代わったっていうのか。


「ちなみに本物のコンビニ店員や一般のお客様については、きちんと店の奥のバックヤードに無傷の眠った状態でまとめてありますよ。そしてあと数分後には、このコンビニはいつもの日常へと戻っていくというわけです」

「じゃあその、強盗ふたりは」

 男の疑問に合わせ、覆面コンビニ強盗ふたりが素顔を晒す。

 瞬間、子どもの顔がパッと輝く。


「これが、パパとママの仕事なんだね〜」

 はい?

 誘拐犯の男の疑問を察したように、再び男が話し出す。


「この子は立派な、彼らの跡取り息子ですから」

「跡取り?」

「強盗団の」


 男はおもわず、頭を抱えたくなった。未だ手足が拘束されているため、自らの手を動かすことはできないが。

 自分はとんだ、非常識な世界のなかに、紛れ込んでしまったらしい。ていうかこれから俺は、どうなってしまうのだろうか。そういえばさっき、秘密裏に始末する、とか言ってなかったか。


 強盗親子が、そして男が、暗い眼差しで誘拐犯を見据えた。その視線におもわず後退り。


 勘弁してくれ。誘拐はただの出来心だったんだ。だから命だけは。

 様々な、定番の命乞いの言葉が男の頭を駆け巡った。だがそんな言葉の数々を発することすら、彼らは許さなかった。


 男の、暗く冷たい声色。




「あなたの命の期限は、もうここまでのようですね。のばすことは、できません。そのために、僕は彼らに、雇われたのですから」

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