第9話 前途多難な友達作り

「やべ、教科書忘れてきちまった」


 隣の席の渡辺がそう言った。ハッとして、オレはすかさず話し掛ける。


「オレの、一緒に見るか?」

「え? いいんですか!?」

「勿論! 困った時はお互い様だろ?」

「ありがとうございます!」

「礼なんかいいって」


 出来れば、敬語もやめて欲しいけど。ともかく、渡辺も乗ってくれた! これはクラスメイトと仲良くなるチャンスだ!

 いそいそと互いの机をくっつけようとしたら、間に御影さんが割り込んできた。


「……御影さん?」

「陽様のお優しいお心遣いは大変素晴らしいのですが、そのように一生徒と距離を縮めるのはあまり感心致しませんね。姫たる者、万人に平等に接しなければなりません。誰かにだけ手を差し伸べるのでは、他の者が不満を抱くことでしょう。……という訳で、貴方も」

「え」


 ずいと、渡辺に詰め寄る御影さん。その表情は例によって笑顔なのに妙な迫力があり、渡辺は気圧されて若干後ずさった。


「こういった状況は、ご遠慮願えますか? 教科書は逆隣の方に見せてもらってください。……お持ちですよね? 貴方は」

「え? あ、はい!」


 急に話を振られた逆隣の中島が慌てて首肯した。「それは良かった」と御影さんは勝手に終わらせて満足げな笑みを浮かべてみせたけれど、オレとしては全然良くない。


「ちょっと、待っ」

「どうも、すみませんでした! 中島、よろしくな!」

「お、おう!」


 物申そうとしたオレだったけれど、渡辺が慌てて中島と席をくっつけ始めた為に、何も言えなくなってしまった。御影さんは全く悪びれもせずに、にこにことその様子を見守っている。

 くっ……くそう! いや、まだだ! まだチャンスはあるはず!


 しかし、はなかなか訪れず……というか、訪れてもことごとく御影さんが握り潰してしまう。


 ある時は、教室移動の際……。

「姫! 次の移動授業、よろしければ一緒に行きませんか?」

「お気遣いありがとうとございます。ですが、陽様のご案内は私が致しますので、ご心配には及びません」


 またある時は、食堂での昼食の際……。

「姫! お隣よろしいですか?」

「申し訳ございませんが、それを認めてしまうと他の方への示しが付かなくなってしまう為、そのような提案はお控えくださると幸いです」


 極めつけは、体育の着替えの時だ。

「あの……御影さん、何してるんですか?」

「陽様の肌を他の者にお見せする訳には参りませんので。ご安心ください。私の目の黒い内は、何人たりとも陽様に近付けさせはしません!」

 そう言って御影さんは、どこから持ち出したのやら、オレの周りを布のパーテーションで取り囲んでしまった。

 ……いや、そもそも、あんたの目は紫だろ!


 その後の体育の授業でも、二人一組の柔軟体操は何故か御影さんがオレの相手を務め、オレが体操着の間は他者の目を遮るように、彼は常にオレの周りでカバディみたいな動きを繰り広げていた。

 クラスメイトのみならず、先生達まで、もうドン引きだ。


「姫の護衛、やばくね?」

「こっわ」

「姫に全く近付けねー」


 ひそひそと囁き交わされる、周囲の困惑の言葉――。


「御影さん! もういい加減にしてください!」


 来る放課後。校舎を出るや、オレは御影さんに訴えかけた。当人は予想外のことだったらしく、キョトンと目を丸くしてこちらを見返した。


「陽様、如何致しましたか?」

「如何じゃないですよ! 御影さんの警戒が行き過ぎてて、皆怖がって近寄ってこれないし、オレはまともに誰とも話せないじゃないですか! こんなんじゃ、友達も出来やしない!」

「陽様……」


 続く御影さんの言葉は、耳を疑うようなものだった。


「陽様には、私が居るではありませんか」


 一体、何がご不満なのですか? とでも言いたげなその表情に、とうとうオレの堪忍袋の緒が切れた。


「そういう問題じゃないし! 何言ってるんだよ! あんた、ちょっとおかしいよ!」

「っ……陽さ」

「もう懲り懲りだ! そんな考えなら、今後オレの半径十五メートル以内に入らないでください!」


 叩き付けるように告げると、流石の御影さんも動揺を示した。


「なっ……! それでは、陽様を十全にお守りすることが」

「必要ないです! そもそも、あなたが思っているような危険なんて、絶対に起こり得ませんから! ご心配なく!」

「陽様、そんなことは」


 御影さんの手から、自らの荷物を奪い取る。


「とにかく! もう付いてこないでください! この後オレは水泳部の体験入部に行きますけど! 御影さんは絶対邪魔しかしないでしょうから、先に寮に帰っててください!  何か用があればこちらから連絡しますので、もう余計なことはしないでください!」

「陽様っ」

「命令です! いいですね!?」


 最後に、びしりとそう突きつけると、御影さんは渋々引き下がった。


「……承知致しました」


 胸に手を当てて、礼をする。意気消沈したその様に、耳を垂らしてしょげる大型犬の姿が重なり、少し胸が痛んだ。

 ……ちょっと、言い過ぎたかな。でも、これくらい言わないと変わらないよな。

 オレは心を鬼にして、御影さんを無視して歩き出した。御影さんはオレが適当に言った半径十五メートルルールを律儀に守ろうとしているのか、すぐには動き出す気配が無い。

 そのまま彼を置いて、オレはプール施設へと向かった。

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