最初のケモッ娘2

 地面を歩くわけでもないのに肉球がガサガサになる理由は分かり切っている。

 まだ若いようにも見えるドランドは自らの肉球を使ってしっかりと働いているということなのだ。


 腰に剣も差しているので剣の練習も怠らないのだろうとルービはこそりとレオに言った。


「どうぞ家に上がってください」


 簡素な作りのドランドの家に上がらせてもらう。

 物で溢れているわけではないが生活感があって寂しさは感じない。


「何もおもてなしできなくてすいません……」


「いえ、話を聞いてくださるだけでもありがたいですよ」


 保守的な考えが強い獣人の中には解放軍のせいで人間との関係がより悪くなると考える者もいる。

 争いを持ち込み、勝てない戦いに獣人を巻き込むだけだからと嫌われてしまっていることもあって、解放軍だからで話を聞いてもらえないことだってあり得ないことではない。


「……なるほど」


 ルービが今回集落を訪ねた目的を告げるとドランドは顔をしかめた。

 なかなか受け入れ難い話である。


 けれど集落が襲われるかもしれないということは常にどこか考えていた。


「私がみんなを説得します。説得と準備を含めて三日ほどくださいませんか?」


 少し目を閉じて考え込んだドランド。

 再び開かれた目に迷いはなかった。


「ご決断が早いですね」


 その場で集落を捨てて解放軍についていく選択をするのは簡単なことではない。

 それなのにドランドはあっさりと選択を下してしまった。


 ルービも驚かずにいられなかった。


「いつかこんな日が訪れるのではないかと思っていました。ここはあまりにも獣人に冷たい……」


 ドランドたちはかなり前からここに住んでいた。

 近くの町の人とうまく関係を築いて距離を取りながらも生活を営んでいた。


 しかしバーミットが拠点を置くようになってから完全に変わってしまった。

 バーミットを恐れたり迎合する人が増えて獣人に対して非常に冷たくなってしまったのである。


「ついこの間……私の妹も手を出されかけました……さらって奴隷にするつもりなのか、憂さ晴らしに暴行するつもりだったのか……それはわかりませんがもはやここに留まるリスクは大きすぎます」


 おそらく何もなければ大きな事件があるまで文句を言いながら耐えていたことだろう。

 犠牲が出てようやく怒りと悲しみの中で逃げるように新天地を探しにいくなんてことは目に見えている。


 ドランドは比較的若くして群れのリーダーとなった。

 このままではいけないという思いを抱えながらも動き出す勇気もキッカケもなくて、もやもやとした気持ちを抱えていた。


 妹が襲われたと聞いて一度別の場所に移動することを提案した時もあったのだが移住してどこへいくという問題を解決できず頓挫した。

 解放軍が後ろ盾になってくれるなら話は違う。


 住む場所も逃げる手助けをしてくれる人もいる。

 新たなる地へ移住すべき時が訪れたのだとドランドは決心を固めた。


「もちろんです。いつ相手が動き出すかは分かりませんが三日ぐらいなら大丈夫でしょう」


「ただいま。あれ? お客さん?」


 話がまとまったところで家に人が入ってきた。


「あっ!」


「あっ? ……あっ!」


 ドランドと同じ黒い犬の獣人の女の子、つまりはケモッ娘である。

 黒い犬のケモッ娘はレオの顔を見ると驚いたように声を上げて指を差した。


 指先までケモッ娘は可愛いなと思った後顔を見てレオもそのケモッ娘のことを思い出した。

 この世界に来た最初に出会ったケモッ娘は人に襲われているところをレオが助けた。


 助けてくれたレオのために非常に渋々腕を吸わせてくれ、町の方向を教えてくれた黒い犬のケモッ娘のことはもちろん忘れない。


「あの時の人間!」


「ユーファン……だったな」


「知り合い?」


 ミカオが首を傾げた。


「お兄ちゃん、この人だよ!」


「……このお方がなんだ?」


「この人が私を助けてくれたへんた……人間!」


「今変態って言いかけた?」


「言いかけたね」


 ドランドがレオに対しても態度が柔らかかったことには理由がある。

 元々それほど人間を嫌ってもいないのだが襲われた妹を助けてくれた相手というのもまた人間だと聞いていたからだった。


 解放軍と一緒にいる人間ならば味方だろうとすぐに分かる。

 妹を助けてくれた人間とは違うけれどそれでもちゃんと味方してくれる人間もいるのだとちゃんとした態度で接していた。


 ただ妹であるユーファンを助けてくれた相手は奇しくもレオだったのである。


「元気でしたか? あの後どうなったのか分からなくて……心配してましたよ!」


 ユーファンの尻尾が大きく振られる。

 獣人であるユーファンを助けてくれただけでなく、なんとなく世間知らずな感じもしていたので心配していた。


 無事に元気そうにしていたのでホッとした。


「そうだったのですか! なら余計にあなたたちについていっても安心ですね」


 ほんのちょっと残っていた不安もドランドの中から消え去った。


「あなた……解放軍だったんだ?」


「君と出会った後に入ったんだけどね」


「ふーん、でもほんと、無事でよかった!」


 最初にあった時には見せなかったニパッとした笑顔を浮かべるユーファンは可愛いとレオは思った。

 ミカオも黒毛だがそれよりも毛足が長い感じで前に触った時の感触を思い出してみた。


「ご主人様」


「ほふ……勝手に触ったりしないよう」


「違う」


「……悪かった」


 またレオの目が怖いと察知したフーニャが肉球でレオの首裏をつついた。

 思わず変な声を漏らしてしまったレオにフーニャは冷たい視線を向けている。


 ついケモッ娘を見ると欲望が溢れてきてしまう。

 これはレオの悪育成である。


「では説得お願いします」


「分かりました。任せてください!」


 ドランドは解放軍と共に逃げることに前向きなので集落の説得を任せてレオたちは帰ることにした。

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