ざ・さいどおぶきゃっと

 ズクウロヤは気持ちの悪い笑みを浮かべながらフーニャに言った。

 奴隷にマトモな服を買ってやるような奴だ、きっと獣人愛者なんだろうぜ、と。

 

 基本的に人間と獣人が交わることなどないのだが、獣人に性的な興奮を覚えるものも一定数いる。

 そうした人間のことを獣人愛者と呼ぶ。

 

 そのことが幸運に転ぶか、不幸に転ぶかは分からないけれど多くの場合良いことではない。

 だって奴隷で、そうしたことの対象にされというときに真っ当な扱いを受けることの方が少ないから。


 レオを見て、最初に思ったのはズクウロヤの話も間違いじゃなかったということ。

 レオは隠せていたつもりだったがフーニャを一目見た瞬間のケモッ娘に興奮したバキバキの視線は隠せていなかった。


 変態に買われた。

 そうフーニャは思った。


 ただほんの少しだけ気分は悪くなかった。

 最悪な人生が待ち受けているとしても自分のことを性的に見て興奮してくれるような相手がいるという事実一点のみは嬉しくないこともなかった。


 それに希望もあった。

 レオが連れている奴隷の獣人は暗い顔をしていない。


 奴隷となった獣人たちはどの人もみんな希望を失ったような暗い顔をして目が死んでいるものだけど、ミカオは表情も明るくてレオを見る目は優しい。

 服装も綺麗だし暴力を振るわれている様子もない。


 変態の目はしているけれど獣人奴隷を雑に扱う人ではない気配はあった。

 ちょっと体を舐め回すような目は怖いけど。


「なんとかなったでしょー?」


「なんとかなったな」


 ズクウロヤのお店を出た途端ミカオが乱雑な言葉でレオに声をかけてフーニャは驚いた。

 あんな言葉遣いしたら死ぬほどお仕置きされる奴隷もいる。


「よしよし」


「ふへっ!」


 レオがミカオの頭に手を伸ばして、ミカオは尻尾を振ってそれを受け入れる。

 なんだか普通と違う。


 こうしてレオに連れられてフーニャは宿の部屋にやってきた。

 フーニャが邪魔にならないように部屋の隅に立っているとレオは少し困ったような顔をしていた。


 軽く自己紹介。

 レオが先に名乗ってフーニャも名前を聞かれた。


 これもビックリした。

 名前なんて聞かれると思わなかった。


 ズクウロヤのところでも「おい」とか「デカいの」とかそんな感じで呼ばれていたから。

 フーニャが名前を答えるとレオは嬉しそうに顔を綻ばせた。


 やっぱり変な人。


「君に俺たちの仲間になってほしいんだ」


 全く想像もしていなかった言葉は大きな衝撃が受ける。

 ミカオが奴隷ではないとか、フーニャも自由にしてくれるとか、何もかもフーニャが構えていたようなことは全くなくて、まるで異世界の話を聞いているようだった。


 別に乱雑に扱わないというのならそれだけでもありがたい話だったのにレオは先に奴隷から解放までしてくれて手伝ってほしいとお願いしてきた。

 代わりに条件を言い渡された。


 体を撫でさせてほしいと言われた。

 ああ、やっぱり獣人愛者なのかと納得する。


 でも単に性的対象じゃなくて慈しむような優しい目をしている時もある。

 正直えっちなことは嫌。


 でもそれで自由になれるのなら。

 だけどえっちなことかと聞いたらレオはすごい顔をして返事をした。


 ハイなのかイイエなのか分からない返事。

 頭や顎を撫でるだけでいいとレオは言う。


 それならちょっと我慢すればいい。


「いいよ」


 奴隷の首輪を外すために先に触る必要があるのだとレオが言って最初はウソでしょと思った。

 奴隷の首輪を外すこととフーニャの頭を撫でることの関係性が理解できない。


 ミカオを見るとウソじゃないと言うのでとりあえず頭を差し出してみた。

 鼻息荒く、満面の笑み。


 そんなに頭撫でるのが嬉しいか。

 思いの外優しいタッチで頭に触れてきて、思わず声を漏らしてしまった。


 撫でられると、なぜなのか嫌じゃない。

 撫でられると嫌なのだけど、撫でられているとゾクゾクするような気持ちよさに包まれて嫌に思うような気持ちがどこかに行ってしまった。


 撫でているレオも嬉しそうだし、撫でられているフーニャも恥ずかしさと嬉しさを感じていた。

 今度は顎だと言われた。


 はじめての撫でに少しトロンとしていたフーニャは顎を差し出す。

 頭はともかく顎など人に撫でられたことは初めての経験である。


 脳天に気持ちよさが突き抜けてきたようだった。

 声が出て、思わず喉が鳴った。


 背中がゾクゾクして尻尾がピンと立つ。

 初めての経験。


 身体中の全ての感覚が顎に集まってしまったかのよう。

 ただ少し指先で顎の下を撫でられただけなのにくすぐったさと抗いようのない気持ちよさが体を支配する。


 ふとレオの目を見るとどこまでも優しくフーニャのことを見つめて良い場所を探しているようだった。


「ちょっと足りないな……また頭撫でるよ」


 もっと顎撫でて。

 恥ずかしくてその言葉は言えなかった。


 今度はより大胆にレオはフーニャの頭を撫でる。

 不思議な胸の高まりがおさまらない。


 もし本当に自由にしてくれるのならこの気持ちよさの正体が知りたいと思った。

 奴隷から解放してくれたもちろん恩は返さなきゃいけない。


 また顎を触らせてあげることもやぶさかではない。

 なんとなくレオについていきたいなとフーニャは思ったのであった。

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