第5話 虚偽申請
翌日、レインが協会に顔を出すとリンが疲労の色が見える顔で迎えてくれた。
「レインさん、おはようございます。フロストオウルの件、自分である程度調査するつもりなら今日帰ってからでいいので報告してくれとのことです。というか、しばらく手が離せないからどちらにせよ昼過ぎ以降にもう一度来てくれと会長が。」
昨日、レインとリンは報告も保護した少女の対応もリンが引き受けると言うのでダンジョンを出たところで別れた。会長がフロストオウルの件を把握しているということはフロストオウル以上の問題が発生したということらしい。
「何かあったんですか?」
リンが疲れてるのもそれが原因だと思ったレインは事情を聞くことにした。
「聞いてくださいよ。昨日レインさんが保護した少女、マロンさんっていうんですけどあの子まだ冒険者になって2週間くらいしか経ってないみたいなんです。」
「2週間?それで7層まで行くってことはサポーターだったってことか。」
荷物持ちなど冒険者の冒険をサポートをするのがサポーターという仕事だが冒険者の中ではそれなりに人気のある仕事でもあった。というのも、給料はそれほど多くないが本来自分が潜る階層より深い階層、練度の高い冒険者とより高いレベルを肌で感じることができるので冒険者として吸収できるものが多いのだ。自分がこれから潜る階層の敵の対処法を知れることで生存率が上がるため協会もサポーターを経験することを推奨としている。だから、レインが実力不相応な新人が7層まで潜っていたと聞いてサポーターとしてと考えるのは一般的な認識だった。
「記録でもサポーターとしてダンジョンに入ってるんですけどマロンさんの話を聞く限り普通にパーティメンバーとして潜っていたようなんですよね。」
冒険者には協会にパーティメンバー、目的階層、滞在予定日数を提出する義務がある。これは死亡率の高い冒険者の生存確認や生存率の向上のために行われているのだがリンの説明からして虚偽申請があったということだろう。
「調べたところマロンさんはシルバーギルド【神速の猛狼】のメンバーみたいで申請はギルドを通じて行われてました。」
ブロンズ、シルバー、ゴールド、マスターと4段階あるギルドランクのうちシルバーランクのギルドということは協会からそれなりの実力があると認められた中堅ギルドということになる。シルバーランクのギルドの条件の一つとして安定してギルドメンバーだけでキャンプ2まで安定していける実力があると認められる必要があるためそれなりの実力者揃いのギルドであることは間違いないだろう。
「なるほど。ギルドが虚偽申請に加担してたわけか。それは協会としては大問題だな。」
現在のシステムは協会とギルドの信頼があって成り立っている部分も多い。その信頼を揺るがす事態となれば協会は対応せざるを得ない。
「加担してたどころか主導してたとしか言えない状況でして。話を要約すると【神速の猛狼】は2つの探索パーティと2つのサポーターパーティを申請してました。各パーティサポーターは4名ずつ登録されており、本当のサポーターは2人ずつで残りの4人は3日前にできたばかりのパーティみたいでした。」
キャンプ1から下層に潜る際に通行の履歴を残さなければいけないのだが必要なのはパーティの代表者の名前だけであり、細かいチェックなどはない。だから、ダンジョンにさえ入ってしまえばパーティメンバーの不足を指摘されることは無い。とはいえ、マロンたちが分かれて帰ってきてしまえばダンジョンからの帰還記録は残るためそこでバレるリスクはあるはずだとレインは首をかしげる。
「なんでわざわざそんなリスクのある虚偽申請をしたんだ?」
「それが協会でも疑問なんですよね。マロンさんの話によれば7階層での探索を提案したのもギルドの先輩だったそうで多少のリスクを冒してでもより強い敵を倒した方が早く強くなれると言われたらしくて。帰りはダンジョンから出ないで自分たちを待つように言われたそうですよ。メンバーが全員冒険者登録から1か月以内だったので協会から何か言われるのを嫌っただけ以外の理由が思いつかなくて。」
確かに全員が冒険者になって1か月以内の新人パーティなら5階層ですら潜るのは厳しいはずだ。協会がそんな申請を見れば絶対に目標を下げろと口をはさむだろう。となるとギルド側にはマロンたちを7階層に潜らせたい何らかの理由があったはずだとレインは考える。とはいえ、生きて帰る可能性よりも死ぬ確率の方が高そうな場所にそこまでして潜らせる意味とは何なのだろうか。そこまで考えてレインは嫌な可能性が思い浮かぶ。
「リンさん。【神速の猛狼】のメンバー死亡記録って確認できますか?」
そう言われたリンはちょっと待ってくださいと言って協会の奥に引っ込む。それから少しして【神速の猛狼】の書類の入ったファイルを持ってきた。
「先月にも新人で入ってきた子たちが死亡してるみたいですね。3か月前も数人亡くなってる。」
ここ半年に入った新人のうちマロン以外の全員が入って2か月以内に亡くなっているという結果はリンにとっても衝撃だった。いくら新人の死亡率が高いとはいえここまでくると偶然とは考えづらい。
「やっぱりそうですか。」
リンの報告を全く驚きもせずただ悲しそうに聞いていたレインは報告が終わると一言それだけつぶやいた。
「理由が分かったんですか?」
まだ理由がわかっていないリンが不思議そうに聞く。
「確かギルドメンバー死亡によるギルド会費の支払い減額、シルバーギルドは4人からでしたよね?」
一瞬何の話かわからず固まったリンは聞かれたことに素直に頷いてそれから目を見開く。
「まさか。そのためにわざと無謀な冒険をさせたと。」
レインの言いたいことを察したリンが怒りをあらわにする。
「ちょっと待ってください。これ減額どころじゃないかもしれません。」
リンはそう言ってもう一度書類をめくり始める。
「やっぱりそうですね。これ過去の死亡場所がみんなキャンプ1より下の中層になってます。中層での死亡が重なると大きな戦力の喪失とみなされて会費が減額から全額免除になるんです。」
大前提として中層にはある程度戦力になる人間しか連れて行かない。これは足手まといを連れていくほどの余裕があまりないからだ。連れていくにしても期待の新人に経験を積ませるためでそれが亡くなるということはギルドにとって大きな損失に変わりはない。だから、損失を補うために立て直しの期間が必要だということで一時的に回避の支払いを免除するというのが免除制度だ。それが今回は悪用される形になった。
「レインさんありがとうございます。会長に報告してきます。」
リンはそう言うとすぐに協会の奥に消えていくのだった。
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