私の未来を知るあなた

仲村 嘉高

第0話:プロローグ




「余に跡取りの男児が生まれた」

 暗い、暗い、窓の無い部屋に、大嫌いな男の声が響く。

 小さな照明器具はあるが、手元を照らすのが精一杯の明るさしかなく、つねに部屋は薄暗い。

 ティニアは、何年も陽に当たらずにいた不健康な白さの顔を、ゆっくりと男へと向けた。

 いつもは気まぐれにやって来て、乱暴にティニアを抱き、勝手に帰って行くのに。


 会話する気にもなれず、ティニアは無表情で男を見上げる。


 かつては婚約者だった男。

 一生を共にし、隣で支えていくのだと、そう思っていた時期もあった。

 今では嫌悪しか湧かない。

 この国の王太子。


 ティニアは王太子妃教育が終わっているのにもかかわらず、この男に婚約破棄をされてしまった為に、王宮の地下へ監禁されていた。

 外へと出せない、王家の弱みに近い機密事項を知ってしまっているせいである。


 もっと早く婚約破棄してくれていれば、疵物きずもの扱いはされても、他家に嫁ぐ事も出来たのに。

 今まで生きながらえていたのは、王太子が性のはけ口に使っているからだと、ティニアは思っていた。

 半分は当たっていたのだが、半分は違っていたらしい。



「メディが後継を産まなければ、お前を後妻に迎え正妃にするつもりだったが、今日、男児が生まれた。残念だったな」

 さげすむように笑う王太子に、何を勝手な事を……と呆れる。

 今更正妃になどなりたくも無いし、この男、いてはこの国の為に尽くす事など、絶対に御免だと心底思っていた。


「冥土の土産に、抱いてやろう」

 いつものようにティニアをベッドに押し倒し、乱暴に服を破く。脱がせるのではなく、破くのだ。

「あぁ、この大きな胸だけは、惜しいな」

 正妃よりも、ティニアの方がなまめかしい容姿をしていた。



 いつもの苦痛の時間が終わる。

 王太子は無言で去って行き、この後はメイドが来て世話をしてくれる。

 監禁されているが、貴族らしい生活は送れるように手配されていた。

 正妃に据える可能性があったからなのだと、今日、初めてティニアは知らされた。


 しかし、この日は服を整えても、王太子はすぐには部屋を出て行かなかった。

 ベッドに横たわるティニアを見下ろしていたかと思えば、その耳元へ顔を寄せる。

 ティニアの顔が嫌悪に歪む前に、王太子が声を発した。


「お前は明日、毒杯を賜る事になる」


 思わずティニアが顔を向けると、下卑げびた笑いを浮かべる王太子と目が合った。

「側妃は正妃より優秀ではいけない、王太子教育の終わった者は側妃に出来ない。そんな法律を作るきっかけになった女を恨むんだな!」

 あはははは、と高らかな笑い声を響かせながら、王太子は部屋を出て行った。




 法律を作るきっかけになった女とは。

 ティニアも王太子妃教育で学んだ、三代前の王の時代の側妃だ。

 侯爵令嬢だった側妃は、元々は王太子の婚約者であり、とても優秀な女性だったらしい。

 それを王太子が学園で伯爵令嬢と懇意になり、卒業式で婚約破棄を叫んだのだ。


 公の場で王族が発した言葉は、冗談だったと取り消す事は出来ない。

 そのまま婚約は破棄された。

 他家に嫁がせるわけにもいかず、侯爵令嬢はかなり年下の第三王子と婚約が結ばれる事となった。


 しかし王太子が選んだ正妃は、あまりにも貴族としての常識にうとく、勉学も不得手だった。

 その為に王命により、元婚約者の侯爵令嬢は第三王子との婚約を解消し、側妃へと召し上げられたのだ。



 側妃はやはり、とても優秀だった。

 正妃に代わり公務を行い、臣下だけでなく民にも、他国の大使や君主にも評判が良かった。

 そこで「やはり元通り側妃を正妃に」と、たくらむ者が出たのだ。

 いや。殆どの貴族家がそれに賛同した。


 そして正妃が妊娠する前に、と、暗殺計画が実行された。されてしまった。

 残念ながら、失敗に終わったが……。


 そして側妃は、自分の知らないところで行われていた陰謀いんぼうの責任を取り、毒杯を賜る事になった。

 関係者全てに責任を取らせるには、関わった貴族が多過ぎたのだ。

 そして二度と同じ事が起きないように、王太子妃教育が終わった婚約者は、側妃なれないと法律が出来た。


 要はその前に婚約解消するか、婚約者が王太子妃教育を終えていれば、何があっても諦めて正妃に迎えろ、という意味である。




「あぁ、毒杯か」

 自然と漏れた言葉に、ティニアは驚き、そして全てを思い出した。

「三代前の側妃って、私だわ」

 王家に散々利用され、一方的に奪われた命。

 まさか転生しても同じ事をされるとは。


「このような屈辱を二度も……」

 ティニアの瞳にみるみる涙が溢れてくる。この部屋に閉じ込められてから、初めての感情の爆発である。

「この世に神はいないの!?」

 叫んでも当然返事は無く、ティニアの声はむなしく窓の無い部屋へと響いた。




 翌日。

 予定通り、ティニアは毒杯を賜り、短い人生を終えた……はずだった。



『あぁ! 貴女よ、貴女。私の前世!』



 ティニアの目の前には、教本で見た三代前の王の側妃。そして前世の自分である少女が、驚いた顔で自分を見つめていた。



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