第3話 会社を畳んで、田舎へ帰ろう

8月26日 本日も快晴。

入道雲がかっこよく空で盛られている。

夏のじんわりとした暑さがまだ続き、蝉の声が暑さを助長させる。

町には朝から祭囃子まつりばやしが響き、10数年、慣れ親しんきた私には否が応でも祭りに参加してしまう。

しかし、最近の夏は夏以上に夏だ!

真夏に祭りをやろうなんて、尋常じゃない。

熱中症患者を増やして、地域連携病院の機能を麻痺させる気かと、気が触れてしまうくらいだ。

という批判はすでに上がっているようで、「霧吹き」という装置をあちこちに設置している。この霧吹きの機械は水を微細な霧状に噴射する装置で、暑い夏の日に涼をとるために使用するものだ。

あれはあれで、まぁ、夏っぽくていい。

たまにかび臭いときもあったりするので注意したい。

それよりも、夏はビキニのおねーさんに囲まれながら、流れるプールで流され続けたいものだ。


さて、町の神社では、尾頭祭おとうまつりという狐が嫁入りするという行事が行われる。

神輿の周りに狐の面を被った子ども立ちが、狐のように踊り練り歩く。

夏の文句を言った手前なんだが、これはなんとも可愛らしく、夏の癒やしなのだと、純粋に思う。

神輿には狐の嫁が祀られ、神事には神職による神楽や祈祷が行われている。

この町では狐を神聖視する伝統がある。今までは格式高い儀式だったが、最近のはやりなのか、

狐のコスプレ化が進んできている。世代交代というものだろう。

夏とも合ってか、水着狐コスプレなんてのも瞬間風速的に出てきたが、他県から来たカメラマンの餌食になってしまい、水着イベントは消滅してしまった。今ではお面と狐の尻尾をつけるというのが、定番になっている。巫女さん狐も大人気だ。

この日は、主に顔や腕、足に唐草的な模様を朱色でペイントする露店が今日は繁盛する。

去年は腹にペイントしてもらったら、店の人に対してのセクハラだとか、狐の神様を冒涜しているだとか散々、無信心なカリンに言われた。

こんな日は本当に化け狐が出ても、誰も叫びもせず挨拶を交わすことができる(はずだ)。


「カリン、ETCカード知らない?」

「おっかしいな。かごに入れておいたんだけどなあ。」


これが俺。ミディアムヘアーな一人が大好き自称イケメン30歳独身。

彼女は白洲花しらすか 太郎たろう。 

タローと呼ぶと犬じゃねぇと怒る

自分の名前の漢字を、説明するとき

「タローのタは太いという字で、ロウは、えっと、ほがらかでない方のロウです。あ、「この野郎!」のロウです。そう、太い野郎です。」と答えている。


「ETCカード?知るわけ無いじゃん」


彼女は白洲花しらすか りん。 

ぱっつん前髪の16歳。高校1年生。

散らかし放題で、片付けを知らない。

背丈155cmまで伸びそこで止まった。横には成長していると、言っていた。

県内の中高一貫校に通っている。いや、通っていた。

友達は名字の”花”と名前の「梨」をくっつけて「カリン」とよぶ。

みんな白洲 花梨と区切るものと思っていたと聞かされたことがある。

パパタローも友達基準に合わせて、花太郎とはなっていないが、パパタローがしっくりくるということでパパタローになった。


「あったあった。」

「…」

「…何見てるの?」

かごには、昔の写真が詰め込んであった。

会社の仲間がそこには写っていた。

笑顔のカリンも同僚に混じって写っていた。

「年を取ると涙もろくてな…髪がふさふさだ。」

「馬鹿みたい…」

若干ご機嫌斜めなカリンが呟く。まだ、引きずっているようだ.

洗面台にカリンは1時間近く籠もっている。

原因は多分、俺にある。


先日のこと…。

「う~ん、こんな感じかなぁ…。」

カリンが鏡の自分を上目遣いをして、チョキチョキと前髪を切っている。

「カリンさん?」

返事はない。

「おーい」

やはり返事はない。


ニヤッ

カリンの集中力にいたずらしたくなったパパタローは、ビニール袋をとり、

ぷぅと息を入れ膨らませ、一気に叩き割った。


ぱーーん!


びくっとするカリン。前髪がハラハラと切れ落ちた 前髪が斜めになった。

ワナワナと肩が震え「パパタロー」と、低音が混じった怒りの声がした。


「なにしてくれんのよ!!!!!」と、カリンが怒りに震えながら声を荒げ,その声は洗面室に響き渡り、パパタローの心臓をドキドキさせた。

「斜め前髪のカリンさん、かわいいよ」

「はぁ!?」

「わぁ~ごめーん」

しばらくカリンの怒りはまだ収まる気配はなく、彼女の目から火花が飛び散りそうなほど、彼女の怒りは燃え立っていた。

という出来事が合ったことを忘れてたのだ。パパタローは。


「つーか、髪のセット長いなぁ。もう一時間もやってるじゃないか。ぱっつん、そんなに気にしてるのか。今、カリン待ちだからな。」

「ぱっつんぱっつん。ひどい!だいたいパパタローが、ビニール袋割って、驚かせたからでしょ!」

洗面台から苛ついた声がした。

しまった…。

過去を蒸し返してしまった。


「ごめんごめん。ははは…。」

……

カリンから返事がない。


「ねぇ、カリン?」と洗面台を望みこもうとした時、


「わっ」

「どう?驚いた?」

「どう?かわいいでしょ?今日で最後だしね。インスタしとこう!」

「驚いた…。そうじゃない、お前…。引っ越し作業も手伝わないで…ぱっつん気にして意気消沈してるかとそっとしておいたらコスプレなんかしてんのか!?しかもカラコンまで入れて!」


「つーか、ぱっつんはパパタローが悪いんでしょ!!」

しまった…。墓穴だった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


「発見!」

「レア物テレホンカード」

「レアか何だか知らないけど、今どき使えるのそれ。それよりコスプレの感想いいなさいよ。」

「ははぁ、ありがたやありがたや。お狐さま」

「馬鹿にしてんの?」


こんなお馬鹿なやり取りが功を奏したのか、カリンの機嫌は良くなった。


「忘れもんないな~。」

「ないよー。」

「まぁ、忘れても問題な~し」

「現地調達だ!」

「ブレーカーきるぞぉー。」

パパタローがブレーカーをガチャっと落とした。


残された私は、最後にガランとした部屋を見つめる。

カーテンも荷物もない部屋は明るく広い。

パパタローは玄関で部屋に向かい、深々と頭を下げた。

「ありがとうございました!」


律儀りちぎだねぇ」それを見たカリンが呟き、車に向かっていった。

私達はこの日、この街での夢を諦め自宅兼事務所から那須野原いなかに帰ることを決意した。

夢やぶれて山河ありとはよく言ったものだ、故郷があるのは救われる。

悔しさはなく、青空が背中を押してくれている。

私、会社潰します宣言!の後にすっきりした感じだ。


残りの荷物を抱え、外の車に運び込んだ。

トランクをゆっくり締め、振り返ると、そこには元町もとまち せいが立っていた。


彼女は起業の発起人の一人だ。時に厳しく、自分の信念や目標に向かって突き進む人だ。起業当時はロングだった髪も、セットしているヒマがないと、ばっさりショートカットにし、周囲を驚かせた。

当時はセクハラという概念が薄かったので、男か?男か?と散々言われたらしい。

笑顔は明るく、周囲の人を元気づける、コロコロと笑うせいに皆は癒やされたものだ。困った時は「むふぅ」と頬を膨らすのが、可愛らしかった。


せい。来てくれたのか、別に良かったのに」

と言っているが、少し嬉しそうだ。

「田舎には荷物を送ってるから、身軽なもんだよ。」

「宏美おばさんに、怒鳴られたでしょ。」

「何で知ってる?」

「何でかなぁ。」とカリンをチラと見て笑った。


「最後の手続き任せて悪いけど、よろしく頼むわ。」

「はい、これ。」

そういうと、「ねぇ掘れちゃん」ストラップが付いた鍵を手渡した。


「今、鍵渡すんだ。君は。タイミングが違うなぁ~。しかも、”ねぇ掘れちゃん”じゃん。まだ持ってたんだ。うけるわ。いや、このキャラは大衆には全くうけなかったけどね。」

「全くを強調するでねぇ。否定できないけど。」

この”ねぇ掘れちゃん”ストラップは、何かしらやらかした時、姉がスコップで穴を掘ってくれるというキャラクターだ。正直、売れなかった…。この場面でもいい雰囲気を壊したような気がする。思い付きはいい結果はもたらさないらしいが、パパタローの売りは思い付きだったりするのだ。


「私、ずっと待ってたのになぁ」

「嘘こけ」

「むふぅ」と困った静は顔をした。


「あとね。預かってたはちを持ってきたから、運んで。」

「了解。重かったろ。ありがとう」

「春にはしみじみ二人で花見酒と行きたかったねぇ。」

「お前飲めないだろ。」

「私は雰囲気を大事にする人なので、いいんですぅ~。」


「ぷっ」

「あははははは」


パパタローとせいさんのなんとも歯がゆい場面なのですが…

クソ暑い車内で聞き見を立てていたカリンは一瞬でも期待したのだが今はまだ夏ってことで、後部座席で死にかけていた。


「もうだめ!暑い!」

カリンが車のドアを豪快に開けた。ぐたぁ~としている。

「あぢぃ~。」


「大丈夫?カリンちゃん。」

「ども…」

カリンはコンッとがんばって可愛く鳴いてみた。

せいは、カリンの頭を撫で回しながら、パパタローに話している。


「最後にお祭り楽しんでいけばいいのにと思ってたんだけど、何でも本堂に安置されていた殺生石が忽然こつぜんと消えちゃったんだって。警察も出動して大騒ぎしてるわよ。それでも祭りをやるみたいだけどね。町民たくましいわ!」

「殺生石って、単なる石だろ?」

「漬物石にするのかもよ~」とカリンが渋い回答をする。

「JKの答えとは思えない回答だ。こいつレアJKかも!?」

「なんでだよ~~。」

「やっぱ、カリンちゃんかわいい~~」と、せい理由を付けては、撫でくりまわしていた。


ひゃ~~~髪が乱れるよぉ~。


「で、代わりと言っては何だけど。はい、これ!

 幸せになりますようにって願かけといたから。」

と、手提げバックにはいっていた、狐のお面を渡した。

「ありがとう。」

パパタローはそういうと狐の面をつけ、狐の仕草をした。

「可愛くない」

静は冷たい視線でパパタローの可愛らしさを否定した。

扱い酷くない?と思ったが、いつもの事だとは流しきれず、お面を付けたままでいた。


パパタローは車に乗み込みエンジンをかけ、エアコンがついた。

後部座席で寝転んで聞き耳を立てていた熱中症寸前のカリンは、待ってましたと助手席に軽快に移った。

「向こうについたら、連絡するわ。いままで、ありがとな。」

パパタローはせいに会釈をし、車を発進させた。

やがてせいが遠くになり見えなくなった。


パパタローの赤い車が遠くになり見えなくなった。

 行っちゃったね。

 やっぱり言えなかったよ。

一人残されたせいはその場でうずくまり泣いた。


「おっ。せいじゃないか。

何、そんなところで泣いてるんだ?

まさかぁ~、振られたか。」と、千春は親指を立てて言った。

あはははっは・・・


「・・・・」

「なんで、この人はこういう時にしか現れないかなぁ…。」

会社を運営しているとき、時々手伝いに来ていた、千春だ。


「まじか!せいを振るなんて余程なヤツだな。」

「振られてもないんだけどね。言えてないし~。」

「…まぁ、そんなこともあるよ!

おしおし、今日はおねーさんのおごりだ。任せとき。

金は無いけど心配するな!

せいの傷を聞かせてもらってチャラにしてやる!

いつもの青島屋に飲みに行くぞぉ!

そのうち何とかなるって!」


「おーーー!!」

「おーーー!!おねぇさんヨロ!」


「現金なやつだねぇ。」


 バイバイ

 タロー


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


せいさんと付き合ってると思ってたのになぁ~。」

「もしかしらママセイちゃんと呼ぶかもって想像してたのになぁ。」

パパタローがルームミラーをチラと見た。

「んなわけあるか。」

「そうだね~。んなわけあるかだねぇ~」


「じゃぁ運転手さん、よろしく!」

「相変わらずだな。最初くらいナビでもしろよ」

「カーナビあんじゃん。スマホもあるし!」


車の横を、狐のお面をした子供たちが走って消えた。

景色がどんどん変わっていく。


空がどんどん広くなっていく。

そういえば中学校合格発表の時、学校にはま子という、ゆるキャラクターと共に、記念撮影したことを覚えている。あれから4年か。窓から空を見て思った。

青いなぁ。

新しい学校はどうなんだろう?

「何ぶつぶついってんの?」

「…」


「お~かぁ~を超えていこうよ~♪」

「なにそれ~。音痴ぃ」

「宏美ばぁがよく歌ってた歌!」

「丘を超えてぇ~♪」


ヤケクソに歌ってるなぁ

「何かあったの?」

「いや。」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

車内のどうでもいい会話:


カリン:そういえばさぁ、この間、私が学校から帰ったら、パパタローがゴミ箱に座って、30分くらい楽しそうに電話していたじゃん

パパタロー:ああ。あったあった。

カリン:めずらしぃーなぁーと思っていたら、「いらないいらない。説明?いらないって」といって電話を切ってたじゃん。あれ何?

パパタロー:あれか。あれは、営業だよ。いや~長かった。固定電話で出ちゃったから、コードで動ける範囲制限されちゃってさ、あんまりにも長いので、足元にあったゴミ箱に座ちゃったよ。ゴミ箱の縁に沿っておしりが痛かったよ。

カリン:そりゃそうだろうね。で、友達?

パパタロー:なんか、断るタイミング見誤っちゃって、電話1時間も続いちゃったよ。

カリン:1時間も!?

パパタロー:あんまり続いたんで、相手の営業さんが「何だか、近親感(親近感じゃね?)があるから、タローと呼ばせてもらっていいですかって言ってきたよ。いきなり呼び捨てはないよね。さすがに失礼な奴だなぁと思ったよ。

カリン:1時間半も盛り上がって、要らないって言われた営業さんが逆にかわいそう。

最初から断ればいいのに…。

パパタロー:え?俺が悪いの?いや~タイミングがさぁ~。

カリン:…。パパタロー暇だったの?

パパタロー:暇じゃなかったよ。あの後、携帯に出ろとせいに怒られたし。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


パパタロー:で、さっきから気になっていたんだが、その鼻につけているのは何だ?

カリン:乙女の憧れよ。2本の綿棒をゴムで縛って、鼻に挟むの!そうすると、何と!

パパタロー:鼻が高くなるとか?

カリン:御名答~。どうせなら天然で高くなりたいじゃん。

パパタロー:俺もやっていい?

カリン:いいけど、サービスエリアでは外してね。恥ずかしいから。

パパタロー:恥ずかしいんだ…。

カリン:私はいいの!

パパタロー:そう言えば、鼻を手で摘む癖がある友人がいて、見事に細く高くなってたな。

カリン:遺伝じゃないの?

パパタロー:どうだろ、両親ともに高くなかった気がするけど…。

カリン:こんな感じにつまめばいいの?

パパタロー:ああ、そんな感じ。行動力あるね。

カリン:まぁね。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


カリンのにぎやかさが無くなると車内は静かで、パパタローは遠い目をして那須野原いなかに向かっていた。


「くか~…」

「俺も寝たい~~。」と愚痴るパパタローであった。

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