君の血の匂いは心地がいい

桜桃

質問

 今日もまた、アマリアは留守。

 多分、また女性を漁りに行っているんだろうなぁ。


「くわぁ……」


 眠い……。


 今日は外に出る予定がないから男の姿なんだけど、女装しなかったらなんでか常に眠たいんだよなぁ。


 気持ちの問題かな、まぁいいや。


 それより、アマリア。アマリアに会いたい。

 女を漁りに行く時間があるなら、僕に構ってほしいよ、まったく。


 ぼろく、捨てられた大きな建物。

 埃っぽくて、血の匂いが充満している廊下。

 ボロボロで、窓などは割られている。


 外を見ると、雨が降っていた。


 アマリア、濡れちゃうよ。

 濡れているアマリア…………かっこいいかも。


「あっ、クロ」

「…………フィルム」


 フィルムは、僕が所属する組織のリーダー。

 組織と言っても、僕とアマリア、フィルムの三人だけの少数精鋭部隊なんだけど。


 ガスマスクが特徴的の、ピンク髪の男性。

 この人は、僕にとって一番のライバル。


 だって、アマリアがなぜか、女性でもないのにフィルムを嬉しそうに見るんだもん。

 僕にはそんな目を向けたことないのに……。


 僕は、アマリアの恋人、なのに……。


「また、アマリアの事を考えているの?」

「だったら、なに」

「別に。勝手にライバル意識を向けられて困っているだけ。それより、もうすぐアマリアは戻ってくるよ、雨に打たれてね」


 ………匂いでわかったのか。

 フェルムの鼻は、誰よりも鋭い。

 鋭すぎて気持ち悪くなるから、普段からガスマスクをつけていると言っていたな。


 どうでもいいけど、フィルムが何を言おうと。


 アマリアが雨に打たれて帰ってくるなら、タオルとか準備しておこうかな。


 あっ、アマリアに会うなら男性の姿より女装の方が喜ぶかな。急いで準備しよう。


「──――それと、血の臭いもするから、いい女を見つけたんだと思うよ」

「…………………………………………そう」

「嫉妬心をむき出しにするのはいいけど、俺にはぶつけないでよ」

「わかってる」


 フィルムは僕の肩に手を置くと、そのまま通り過ぎた。


 フィルムは、僕の事もアマリアの事も大事にしてくれている。それはわかっている。


 わかっているけど、アマリアの意識が少しでもフィルムに向くのは、どうしても嫌だ。


 というか、僕以外の人を見たり、意識を向けたりするのは本当に嫌だ。

 僕以外に触れてほしくないし、視界にも入れてほしくない。

 僕だけを考え、僕だけに触れ、僕だけを見てほしい。


 僕だけがいればそれだけでいいと、思ってほしい。


 やっぱり、部屋に監禁した方がいいのかなぁ。

 でも、それだと、アマリアがアマリアではなくなってしまうかもしれない。


 そう考えると、やっぱり監禁は出来ない。

 拘束も同じ、出来やしない。


 見えない"恋人という糸"に甘えている弱虫。

 だから、アマリアは女性を漁りに行ってしまうんだ。


 僕がいるのに、僕が恋人なのに。

 僕が一番のはずなのに。なんで、僕以外の人を求めるの。


 僕だけを見てよ、僕だけを感じてよ。

 女性なんて漁りに行かないで、僕だけを考えて。


「はぁ……。アマリア……」

「どうしたの、クロ」


 後ろから愛おしい人の声が聞こえた。

 振り向くと、アマリアが雨に濡れて立っている。

 肩には、一人の女性。


 女性、一人の、女性……。


「いい女、見つけたみたいだね」

「殺気、殺気。殺気が怖いってクロ。落ち着いて? 確かにこの女性の肌は綺麗で潤っている。髪は艶があり、眼も輝かしい。捕まえてしまいたくなるのは仕方がないでしょ?」


 ……………………へぇ。

 やっぱり、アマリアは女性が好きなんだ。


 …………アマリアにとって、僕は本当になんなんだろうか。

 僕は、本当に恋人? アマリアにとっての僕は、なに?


 まさか、体を何度も重ねているから、性欲発散相手としか思われていない?

 恋人と思っているのは、僕だけ?


 いや、いやだ。

 僕は、アマリアの恋人で、唯一そのはずなのに。

 僕の立ち位置って、なに。僕はこんなにアマリアの事が好きなのに。なんで、なんで。何なの。


 僕は、僕は――……


「はいはい、落ち着いて。また、思考が暴走してない?」


 っ、温かい。

 アマリアが僕を抱きしめてくれている。


 肩に担いでいた女性は、地面に落としている。

 あの女性より、僕を優先してくれたんだ。


 嬉しい、嬉しいよ。

 嬉しいけど――……


「ねぇ、アマリア」

「なに?」

「あんたは、なんで女性を狙うの」


 これは、今までも質問して来た。

 それで、心折れるかと思うくらいの説明を何度もされた。


 それでも聞いてしまうのは、アマリアは最後、必ず僕の事が一番と言ってくれるから。


 僕の事を気遣ってくれる、僕の事を見てくれる。

 僕の事を考えてくれる、僕の事を抱きしめてくれる。


 だから、聞く。

 こうでもしないと、僕は、僕の気持ちに呑まれてしまうから。


「――――なんでだと思う?」

「っ、え――ん!」


 咄嗟に上を向くと、アマリアに唇を重ねられた。

 頭を固定され、体も抱きしめられているから身動きが取れない。


 やばい、突然だから、うまく息が出来ない!


「――――鼻で息しなよ」

「はぁ、はぁ……。い、いきなり、なに!?」


 アマリアがにやりと笑い、僕を見下ろしてくる。

 な、なに…………妖しい。何か企んでる、怖い。


 でも、それでもかっこいいと思ってしまうのは、惚れてしまっているからだろうか。


「僕がなんで女性を狙うか。今まで幾度となく説明して来たと思うんだけど、覚えてないの?」

「お、ぼえているけど…………」

「質問すると、僕が君だけを見るから、知っていても質問するんでしょ?」


 っ、し、知られている。

 普通に恥ずかしい……。


 頬が赤くなる感覚。

 顔を下げると、頭にまたしても温かいものが乗っかる。


「それじゃ、今度は僕が質問するね」

「え、なに?」


 頭を撫でてくれていた手を顎に添えられ、顔を上げさせられる。

 アマリアの左右非対称の瞳と目が合い、微かに香る血の匂いが鼻を掠める。


「僕が好みの女性を解剖した時、どうして必ず君に報告すると思う?」


 …………そう言えば、アマリアはいつも嬉々として、僕に報告をしてくるな。

 何でだろう。わからない。


 僕が答えないでいると、アマリアがにやっと笑い、上唇を舐める。

 頬に手を添えたかと思うと、耳に口を寄せた。


 な、なに?


「――――わかるまで、僕だけの事を考えていてよ、クロ」

「ひっ!?」


 体に、甘い痺れが走る。

 頭が真っ白になり、体から力が抜けてしまった。


「おっと。そこまで感じちゃった?」

「はぁ、だ、黙れ……」

「ふふっ、可愛いね、クロ」


 咄嗟にアマリアが受け止めてくれたけど、そんなのどうでもいい。

 ほんと、最悪。


 そんなこと言わなくても、僕はアマリアしか考えてないよ。

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