続 きみがわるい

ナタデココ

続 きみがわるい

妙にしおらしい顔をして、彼はやってきた。


「……」


自分から話を始める気はまるでないようで、彼はパイプ椅子に浅く腰かけると、私の顔をガラス越しにじっと見つめる。


「面会時間は……。えー、一時半までとさせていただきますね」


腕時計を確認しながら、非常にめんどうくさそうに監視員が呟いた。


私は、すぐに口を開く。


とりあえず、会ったら一言目にこんなことを言ってやろうだとか、こんなふうに笑いかけてやろうだとか。


そんなことは全て、頭の中から吹き飛ばしたうえで。


「最近、白菜が高いんだよねえ。分かる?」


私の兄を殺したはずの彼は、まるで、己の自尊心でも深く傷つけられたみたいに。


「へえ。そうなんですか」


じっと、私のことを睨み続けていたのだった。


*********************


私の兄を殺したために、拘置所に送られた、彼。

実のところ、私はそんな彼の名を知らない。


「名前なに?」


笑いながら尋ねてみる。

すると、彼は朗らかに笑って答えた。


「ミカです」


「ふーん。性別は……なんだっけ?」


「僕は性別にとらわれないで生きていこうってかたく決意したんですよね。ちょうど二日前に」


「ふーん。じゃ、いいや」


私は、パイプ椅子の背もたれに寄りかかった。


悲鳴をあげているみたいにギシギシと軋むこの椅子は私のことを少し不愉快な気持ちにさせてくれる。


「私の名前、なんだと思う?」


余裕たっぷりに聞いてみる。

しかし、


「どうして、そんなつまらないことを聞くんですか。あなたの名前も『ミカ』でしょう?」


「あれれ、知ってたっけ?」


「ダブルミカですね。卓球のダブルスを組んだら強そうです。僕が先攻で、貴方が後攻ですね」


「ええ、なんで私があとなの?そこはレディーファーストでしょ」


「僕は性別とかいう二つの領域では区別できないほど超越的な素晴らしい人間なので、僕が先です」


「んなバカなぁ……」


ため息を吐きながら肩を竦め、私は悲しがっているフリをする。


すると、ガラス越しの彼が楽しそうに微笑んで。


「他人の不幸って、見ていて気持ちがいいですよね」


「不幸とか言われるほど悲しんでないよ」


「考えてもみてくださいよ。この世界って結局、幸せは不幸せのもとで成り立っているんです。ご飯が食べられない子供がいるから、我々は豊かな感受性を身につけられるんです。キャットフードはきっと、鼠ばかり食べる猫を見て可哀想だと思った誰かが己の感受性を公に知らしめるために作ってみたものなのでしょう。きっとそうです。そうだとしか考えられません」


「ミカって思想がだいぶ偏ってるよね。右寄り?」


「斜め左上と言ってもらいたいです」


「斜め左上だと何かいいことあるの?」


「斜め左上、中心、斜め右下で、ビンゴです。景品は憲法起草の権利でしょうねえ」


「じゃあ、この不景気な日本を何とかしてよ。白菜高いよ。生きていけないよ。私は世界でいちばん白菜味噌汁が好きなのに」


「僕には無理ですよ。斜め右下の思想がないですし。ミカさんが頑張ればいいのでは?」


「私にも無理だよ。斜め左上の思想ないし」



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