童話【やどかりとかたつむり】
月下鳥兜
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あるところに、ちいさなちいさな
しおだまりがありました。
そしてそこには、いっぴきのやどかりが、
ひっそりとくらしていました。
やどかりは、きれいな貝がらを見つけては
そこにうつりすみ、それがよごれたり、
あきたりすると、ほかのものをさがしに
いくといったちょうしでした。
しかしちいさなせかいですから、
だんだんと、じぶんのお目がねにかなう
貝がらは、見つからなくなっていきます。
前のにもどろうとしても、
もうそこになかったり、
ほかのいきものが入っていたり。
やどかりはしだいに、なにもかもが
つまらなくなっていってしまいました。
そんなあるとき、しおだまりの「ふち」を、
いっぴきのかたつむりが通りかかりました。
そのひかえめなまきかたにむちゅうになった
やどかりは、こころをうきうきさせながら、
かのじょに声をかけます。
「そのおうち、ぼくにひとつください」
するとかたつむりは、
すこしぷりぷりしながらこたえました。
「わたしのこの『から』は、わたしが
つくったものよ。やどかりって、ひとさまの
からをかりて生きてるんですってね。
ねぇ、それってはずかしくないの?」
「うーん、よくわからないけれど、
きみのそれはすてきで、どうしてもほしい」
「ほしいったって、これはわたしの
ものだから。じゃあ、あなたも、じぶんで
つくってみたらいいじゃない?」
それはごもっともと思ったやどかりでしたが、
いままでかりてばかりだったので、
どうしたらいいのか、なにもわかりません。
かたつむりはあきれながらも、
しおだまりのそとからたくさんの
ざいりょうをはこんできて、
からのつくりかたまでおしえてくれました。
「ありがとう。おうちができたら、
きっときみをいっしょにすまわせてあげる」
かたつむりは、今までずっとひとりで
いきてきたものですから、そのことばを
たいせつに、とてもたいせつにおもって
しまったのです。
きれいなからがつくれなくても、
やどかりがいっしょにいてくれるのであれば、
そこはどんなにすみごこちのいい
おうちだろうと。
さて、かたつむりとともにたのしく『から』
づくりをはじめたやどかりでしたが、
どうもうまくいかないものですから、
だんだんとつかれて、めんどくさくなって
きてしまいました。
さぼってばかりになったやどかりを、
かたつむりは「ふち」からふあんそうに
みつめます。
「ねえ、ここにはまだたくさんの『から』
があるんだ。きみもこっちにきて、
どれかにすめばいいじゃないか」
「いやよ、わたし、しおがきらいなの!
なんでわかってくれないの。
ほら、もっとちゃんとてをうごかして!」
そうやって一回もしおだまりに入らない
かたつむりに、やどかりはおもわずむっとして
「じゃあ、ぼく、もうやめる。
ほかのからでいい。」
とつぶやくと、かたつむりはさけびました。
「ざいりょうをはこんできたのはだれ?
つくりかたをおしえたのは?
ぜんぶわたしじゃない!
いっしょにすもうっていったのはあなたよ!」
やどかりは、がまんのげんかいで、
しおだまりのおくふかくににげこもうと
しましたが、おこったかたつむりは
ぜったいにがすまいと、やどかりに
だきつきました。
「ええいもう、きみなんて、こうだ!」
やどかりはだきついてきたそのからだを、
しおだまりにたたきおとします。
どぼん。
そのしゅんかんでした。
かたつむりは声もなく、からだぜんたいを
ぐにゃぐにゃとくるしそうにのびちぢみ
させながら、目をまんまるにひらいて、
くるしそうにもがきました。
そしてつぎには、ぽろぽろとなみだをこぼし、
口をはくはくあけしめして、
しまいにはすっかりなくなってしまいました。
やどかりは知りませんでした。
かたつむりが「ふち」にふくしおかぜに
よわっていたことも、それで海水につかれば、
とけて死んでしまうことも。
のこされたのは、さいしょにうらやましがった
『から』だけでした。
やどかりは、かたつむりがしおで死ぬことなど
しりませんから、いまはちょっとすがたが
見えなくなっただけで、いつかまた、
ちょっとしゅんとしたかおで、
もどってくるのだと思いました。
それまではこの『から』にこもるのも
しゃくにさわる、いいや、ひさしぶりに
ほかのを見にいこう。
そう思ったやどかりは、しおだまりの中から
かたつむりのざんがいをほうりなげ、
じぶんはみなものおくそこへと
もぐっていきました。
童話【やどかりとかたつむり】 月下鳥兜 @lunatear
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