呪いの服

やざき わかば

呪いの服

 久々に、衣類の整理をしている。


 こうして見ると、よれたり、傷んだり破れたりで、着ることのなくなった服というのは案外多いものだ。


 処分する服、まだ部屋着として使えそうな服で分けて、すっかりタンスもクローゼットもすっきりした。これでまた、新しい服を買いにいけるというものだ。


 ふと横を見ると、見覚えのないTシャツが、すぐそばに綺麗に畳まれて置かれている。はて。こんなところに、こんなシャツを置いたかな。そう思いながら、軽い気分で広げてみる。


 驚いた。俺の好みにどんぴしゃだ。しかも、新品のようにぴしっとしている。


 多分、ネット通販かなにかで見て勢いで購入し、そのまま忘れてしまいこんでいたものだろう。そうでなければ、ここまで趣味に合う服があるわけがない。


 俺は早速、そのシャツを着てみた。


 その瞬間、妙な怖気に襲われた。何かに捕らえられたかのような、魅入られたかのような、とにかくとても良くない気がする。


 俺は急いでシャツを脱ごうとした。が、脱げない。皮膚にぴったりくっついてしまったかのように、どれだけ頑張っても、脱げないのだ。


 混乱していると、脳内に声が響き渡る。


「私を着ましたね。これで貴方は、私からは逃げられない。私は『呪いの服』。私を着たものは、二度と脱げなくなってしまうのです」

「なんだって。なぜ俺にこんな仕打ちをするんだ」

「私は貴方を気に入りました。貴方が死ぬまで私は絶対に離れません。大丈夫。最初は必死にあがきますが、すぐに脱ごうとも思わなくなります。今までの人間たちはみんな、そうでしたから」

「洗脳されるということか。そんな理不尽なことがあるか。俺は一生、お前のせいで、好きな服も着れず、風呂にも入れず、生きていくしかないのか」


……


 それから数年の月日が経った。


 相変わらず、俺はこの服を脱げていない。そればかりか、『呪いの服』の言うとおり、すでに脱ごうとも思わなくなってしまっていた。


 それもそのはずである。普段はTシャツだが、俺が別の服を着たいと願うと、そのとおりに変化してくれるのだ。例えば寒い冬、スーツにロングコートで外出をしたいときには、その通りになってくれる。


 しかもこいつは人間の老廃物をエネルギーとしているらしく、風呂に入らなくても常に身体は隅々まで清潔に保たれており、この服のオーラだか妖気だか、よくわからないパワーで周囲から何が飛んできても、車がぶつかってきても怪我ひとつしない。


 それでもたまには、サウナや温泉に入りたいときもある。そんなときは、俺の身体そっくりの肉襦袢になってくれるので、安心して入れる。もちろん入っている間の不快感など一切ない。


 服も新たに買わなくて良いし、わざわざ収納しておく必要もない。服もタンスも全て処分したので、部屋も広くなった。


 ただひとつだけ、問題がある。


 友人とショッピングに行っても買うものがないので、あまり楽しくないことだ。こちらは新作が出た瞬間に、それを所持しているも同然なので、アパレルショップにもとんといかなくなってしまっていた。


 そういうところだけはすっかり、自堕落になってしまった。


……


 それからさらに数十年の月日が流れ、俺は入院中の病院で最後のときを迎えようとしていた。病気ではない、完全に寿命だ。


 子供たちや孫たち、それに妻がいない間に容態が急変し、いよいよ俺もこれで終わりだ。苦痛はない。後悔もない。呪いの服も、ずっと共にいてくれた。


「良い人生だった」


 これが俺の最後の言葉である。家族が集まるよりも早かったが、看護師たちや医者の先生が看取ってくれたので、寂しくはなかった。


 俺の命と共に、呪いの服も、次の獲物を探して旅立った。


 そう、つまり俺は今この瞬間、全裸になったのである。看護師たちや医者の眼の前で、全てをさらけ出したのだ。


 うららかな春の木漏れ日が窓から差し込み、暖かな風がそよぐ病室内。そこに横たわり、人生に満足して旅立った、爽やかな顔の全裸の男。


 おかげで俺は、「魂と共に服にも旅立たれた男」と、家族の笑いのタネになったという。

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