第3話 1月

誰かが勘違いをする前に、と、遺言を遺して置くことにした。

何故、顔も知らない、一見すると我儘な浪費癖のある子供っぽい大人にそれほど入れ込んでいたのか。

私は、私の意思で、彼女のために生活保護までの面倒を見た。

手を引け、関わるな、生保を受けていてもまだ、うまく生活できないくせに。

周りはそう言った。

でも私は、狂信者だから。

私は、「命懸けでキリスト教やってない」から。

あの日、社会の圧力によって、娯楽も自分らしさも何もかも奪われ、柳になった彼女のように。

まるで、彼女の健康も体調も考えていない、時間を守れず連絡もしようとしないヘルパーに、こと切れる姿をしれっと見つけられる前に。

必要なのはパン? 魚? 葡萄酒?

そんなもんくれてやる。いくらでもくれてやる。

国に対する詐欺だろうと、打ち切りになって実家に閉じ込められても、それでも構わない。

二学期から逃げて柳になった彼女。

私は彼女を突き放した。5月31日は時間切れ、6月27日は同席者の忍耐切れ。

そして、二度と15歳の「少女」には会えなくなった。

目の前で微笑んでいる彼女は何歳のものなのか。目の前で横たわっている日本人形は何歳のつもりだったのか。

友人たち。私は愚かだったり、お人好しだったんじゃない。いや、狂信者なんだからそうなのかもしれないけど、でも私は、君たちと一緒にいるには、少し色々足りてなかったらしい。だから、私のように自分を責めないで。

おかあさん。貴方の娘は、貴方のお腹の中にいる時から、神の言葉を聞いて育ちました。教会がカルトを見捨て、未来のテロリストを容認した時に聞こえた神の声。

主は私に言ったのです。「うつろなるものよ、何故嘆くのか。私はお前に福音を伝えた」と。

私は彼女の顔も知らない。髪が長いのか、太っているのかすら知らない。

それでも私は、貴方が探し求め、この名に託した自由のままに、自分に与えられた召命を真実誠の神からのものだと確信して、この最期を選んだのです。

おとうさん。自立しようとしまいと、いつも金遣いの荒い私の尻拭いをしてくれてありがとうございました。啖呵を切って出ていったけれど、上手くいかなかったけれど、発病の原因の一つである貴方だけれど。

仕事人としての貴方を、本当に心から尊敬していました。貴方のように、外で私も働きたかった。

バカにされるだろうけれど、貴方が聞かせてくれた特攻隊員の遺書のように、国と言わずとも、公僕として働きたかった。

貴方が私の作家としての腕前を認めてくれた時、「誰とも関わらないで、好きなことだけをして、家の中にいてほしい」と言いましたね。

そして貴方は宗教も嫌っていましたね。宗教で傷つけられて育った貴方の家族も、

でも決して勘違いしないで欲しいのです。

もし私が、死んでしまったのだとしたら、それは「1箇所が痛めば全身が痛む」という聖書の言葉を忘れた聖書主義者のせいなのです。

神父でも、その指導を受ける信者たちでもない。

教会に必要とされている信者たちが、恵まれた土地に住んでいる信者たちの特権意識が、そうさせたのです。

どうか誇りに思ってください。あなたの娘は、心の底から満足して死にました。仮に全て、彼女の詐欺だったとしても、後悔はありません。

だってもしそうなら、初めから「小さくされた人」はいなかったのだから。

私の愛する恋人。傷付いた私の心の傷を受け入れ、自分の自尊心や羞恥心よりも、私の心の傷を治すことこそを重視してくれていた貴方。

事実婚すらできない私たちだけれど、貴方も貴方の家族も望んでいなかったけれど、あなたの子供が産みたかった。

両親や祖父母に見せる私の子供ではなく。

貴方と私の子供を産みたかった。初めて貴方に恋に落ちた時、「この人に子供を抱かせてあげたい」と思ったあの時から。

私は貴方と10年近く育んだ深い愛と未来より、顔も知らない大人を選んだのではないのです。

ただ、貴方が私との未来に誠実に向き合って、私と共に歩むための時間が、彼女の命の前に、間に合わなかっただけなのです。

愛という言葉を浅はかに繰り返すのは嫌だと言った私が言うのはおかしいけれど。

ずっとずっと、愛しています。貴方の障害も、病気も、わがままも、全て全て、愛しています。

私に15年すくった形無き強姦魔から助けてくれてありがとう。

そして、多くの海で出会った仲間たち、ゆるしてください。

私は何も真実を伝えることなく逝きますが。

貴方達に歓迎された喜びを忘れることはありません。

強いて言うなら貴方達に新しい娯楽を差し上げられないことは永遠の後悔です。

でもその後悔は何十年生きてもあると思うので。

どうか貴方の良心を大切に。私の届けた物語が、貴方の心のヘルメットになりますように。

恩師たち、あなた方は怒るでしょうか。「それは神の愛じゃない」と。

でも、神が仰せになったのです。遣わしたのです。

この、「小さくされた人」を。

…ま、こんな感じかな。

こんな形で出すことになるとは思わなかったけど、いいタイミングだったかもしれない。

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