個の正義は悪

マスク3枚重ね

個の正義は悪で多数の正義は善

善とは何か?悪とは何か?俺は多数の人間に対しての正義が善で、個にとっての正義が悪だと考える。殺人鬼がたくさん人を殺せばそれは犯罪者だ。だが、戦争ではそれは英雄となる。

俺は犯罪者だ。個の正義の為に戦う。奴らに負ける訳にはいかない。


「今日こそ偽善の皮を被った貴様らを地獄に叩き落としてやる!」


「それでも救われる人がいるのならば、幾らでも偽善者でいようっ!くらえ!」


全身赤いスーツに身を包んだ男が刀で全身黒スーツの男達に切りかかる。黒スーツの男達は次々と倒れ、ドロドロに溶けていく。俺もこれまでかと諦めかけたが、背後に怪人が現れる。


「良く持ち堪えたな…後は任せろ…」


怪人は小声でそう言い、俺の肩に手を触れてから庇うように前に出る。


「ふはははははっ!俺様の部下が世話になった様だなっ!ギリレッド!」


全身が緑色のその怪人は触手が所々から生え、それらは1本1本が意志を持ったようにのたうち回る。彼は上司のスピナー先輩だ。病気の娘の為に怪人化手術を受け、組織から娘の手術費用を貰ったのだ。娘は無事手術を終えて回復に向かっているらしい。


「怪人かっ!貴様らは人類の敵だ!ここで倒す!」


「ふん!貴様らの妄言がどこまで通用するか見せて貰おう!」


2人の戦闘は目にも止まらぬ速さで始まった。先輩の触手が複数伸び、ギリレッドに襲いかかる。しかし、それをギリレッドは刀で捌いて切り刻む。苦悶の表情を浮かべる先輩の額から汗が滴る。改造手術で痛みは抑制されてはいるが、ギリレッドの刀は特別製なのだろう。怪人に痛みを与える。


「降伏しろ!怪人!貴様の負けだ!」


先輩は触手が全て切り落とされゴーヤの様だった。だが、彼の瞳は死んではいない。彼は不敵に笑い。新たな触手を生やし、更に速度を上げてギリレッドに襲いかかる。


「まだまだこれからだぞっ!ギリレッドッォォォ!」


「クッ!」


その触手の量は先程とは比にならない程の量で、速度も上がってきている。だが、先輩の立つ下には緑色の液体が滴り落ち、小さな水溜まりを作っている。恐らく、彼の身体の限界が近いのだろう。怪人化はいわば命の灯火を一気に燃やす様なものだ。彼はここで死ぬつもりなのだろう。ギリレッドを道連れに…


「先輩…!」


「大丈夫だ…お前は逃げろ」


先輩は触手で戦いながら俺に言う。そして触手を1本こちらに伸ばしロケットの首飾りを差し出す。優しい顔立ちだった先輩の面影はもう無い。緑の顔で無理やり笑顔を作る。


「娘に…愛してると伝えてくれ…」


「はい…!」


ロケットを受け取り、俺は先輩に背を向け走り出す。後ろから凄まじい風圧と戦闘音が聞こえてくる。それでも俺は振り返らない。彼の娘に彼の最後の言葉を伝える為に。いや違う。多分怖かったのだ。死ぬのが怖く、ただ逃げ出した。彼の言葉に甘えて逃げ出したのだ。俺の涙が黒スーツの内側を濡らすのを肌で感じる。

しばらく走ると後ろから爆発音が聞こえてくる。怪人が死んだ時特有の音だった。俺は走るのを辞めて後ろを振り返る。


「スピナー先輩…」


空に青い光がチラついて消える。あれはギリブルーの必殺技だろう。他のギリレンジャーが到着し、先輩は1人で戦ったのだ。自分が1人加わって戦ったとしても、きっと死んでいた。俺はそう考えるが、そうな事を考えている自分が情けなくなる。俺は路地裏で変身を解き一般人に紛れ、組織のアジトへと帰る。


「ただいま戻りましたっ!」


「お帰り」


俺を出迎えた彼女に敬礼をして、帰還の報告をする。彼女は白衣を着た綺麗な女性だが目は死んでいる。


「スピナーは帰らなかったか…」


「先輩は…立派に戦い…殉職なさいましたっ!」


彼女の瞳から光は失われ目を閉じる。


「そうか。他の死んで逝った仲間達も…よく戦った…!田中、お前一人でも帰った事に感謝するっ!」


彼女は俺に敬礼をひとつして、白衣を翻し行ってしまう。俺は多分泣いていたと思う。彼女はドクター、スピナー先輩の怪人化手術をおこなったその人だ。彼が帰って来ないとわかっててここで待っていたのだろう。彼女の真意は俺には分からない。だが、きっとこれが彼女なりの弔い方なのかもしれない。俺はアジト内にある先輩の娘さんが居る病室へと向かう。

病室の扉を開けると小さな娘さんが絵を描いていた。


「こんにちは。ヒマリちゃん」


俺がそう話しかけるとヒマリは顔を上げ笑う。


「田中のおじさん!こんにちは。お父さんもうすぐ帰るかな?」


俺は言葉が出てこない。こんなに幼く純粋な瞳を向ける子に何と言えばいいのだろうか。俺が何も言えずに居るとヒマリが絵を見せてくる。


「これお父さん!かっこいいでしょ!?私のお父さんはヒーローなんだ!」


その絵には笑顔のスピナー先輩が描かれ、赤い敵を倒している。優しい顔の先輩の特徴を上手く捉えている。


「とても…上手だね…」


「ありがと!お父さん喜んでくれるよね?」


俺はベッドの横の椅子に腰を下ろし、ヒマリの目線まで頭を下げロケットを手渡す。


「これお父さんの?」


「ああ、そうだよ…ヒマリちゃん…お父さんは…」


「死んじゃったの…?」


俺は息を飲む。こんなに小さいのに何て勘が良いのだろうか。先輩と同じで頭が良いのかもしれない。俺は静かに頷く事しか出来なかった。ヒマリはロケットを開け中を見る。中には死んでしまった先輩の妻と赤ん坊のヒマリが写っていた。


「お父さんは…ヒーローだった…?」


ヒマリは泣いていた。この質問はきっと…ヒマリは全てをわかっているのだ。だが、俺は声を大にして言う。


「お父さんはっ!スピナー先輩はっ!最高のヒーローだった!俺は先輩に助けられたんだっ!そして、最後、君を愛してると言っていた…!」


ヒマリはボロボロ涙を流しながら、ぎこちなく笑う。


「田中のおじさん…ありがとう…う…うう…」


俺は席を立ち病室を後にする。すると扉の横の壁にも垂れ、タバコをふかすドクターが居た。


「田中、悪いな。嫌な仕事をさせたな…」


「いえ。これは俺がやらなきゃいけない事だと思うんで…」


ドクターが背を向け歩き出す。そして言う。


「着いて来い」


言われるがまま俺はドクターについて行く。そしてドクターの部屋へと案内される。


「入れ」


「はい…」


ついに俺の番が来たのだと思った。死線を乗り越えた者にはチャンスが訪れる。先輩がそうだったように。


「呼ばれた理由はわかるな?」


「はい」


「次の怪人に選ばれたのお前だ。お前の願いを言ってみろ」


「俺は…」


怪人化手術は誰でも出来る訳ではない。幾多の死線を超えた者が受けられる。そして、組織の力で受けた人の願いを叶えるのだ。もちろん怪人化手術を断る事は出来ない。

ドクターがタバコをふかしながら真っ直ぐに死んだ目をこちらに向けてくる。俺はドクターの目を見つめ返し俺の願いを伝える。そしたらドクターは自分の目を手で覆い隠す。


「田中…お前は…本当に馬鹿だよ…」


涙を流すドクターに注射を打たれ、俺の意識は静かに沈んで行く。そして、数週間が立ち、俺は怪人になった。真っ黒い身体に真っ赤に裂けた口、手の先には鋼鉄だろうがきり裂けそうな爪が生え、足は強靭な筋肉が張り付き、どんな障害だろうと飛び越えられる。

今日、俺はギリレンジャーと戦う。後輩達が時間を稼いでくれている。必ず、彼らを倒さなければならない。こんな戦いを終わらせる為に…


「田中…帰って来いよ…」


ドクターが別れの挨拶を言う。俺はひとつ頷き、そして告げる。


「セラさん…愛してます…必ず帰ります!」


俺は別れの挨拶をし走り出し、一気に跳躍する。こんな在り来りなセリフしか言えない俺はやっぱりダメだなと思う。


現場に到着すると、戦闘員はほとんど壊滅状態だった。生き残った戦闘員に後ろに下がる様に指示を出す。ギリレンジャーが勢揃いだ。レッド、ブルー、イエローにピンク。これは勝ち目がないのは火を見るより明らかだ。だが、俺は口上を述べる。


「ふはははっ!ギリレンジャー!今日こそ、決着をつけようっ!長く続いた戦いを終わらせようぞっ!」


ギリレッドが刀を構えながら言う。


「現れたな怪人!お前達はいつもいつも現れては人々を苦しめる!何故そんな非道なんだっ!」


この質問には答えられない。それはそういう契約だからだ。


「それが我々が産まれ落ちた理由だからだ。貴様らがそれに辿り着くことは無い!」


「何の話だっ!?」


俺はそれ以上何も言わなかった。一気にギリレッドに飛び掛り、戦闘を始める。俺の爪の斬撃が刀で弾かれ、背後からギリイエローがメイスを振るう。それを空中で回転しながら避ける。身体を使えば使う程、自分の大事な何かが失っていく感覚がする。これがたぶん命を燃やしている感覚なのだろう。あとどれくらい戦えるのか分からない。

ギリレンジャー達が俺を囲んでいる。俺は死ぬまで戦い続ける。



ドクターはアジト前でタバコをふかす。後ろから来た黒服を着た男が話しかけてくる。


「セラ トモエさん。今日で貴女のお勤めはお終いです。彼に感謝するんですね。では行きましょう」


ドクターはタバコを吸ったまま動かない。


「セラ トモエさん行かないのですか?」


「田中が今戦ってるんだ。あいつが帰ってくるまで待つ」


黒服がサングラスを指で上げ鼻で笑う。


「それは有り得ませんね。そういう風に出来ているんですから」


「お前らは本当、何もわかってないな…」


爆音が遠くら聞こえ、空気が振動する。


「ほら、終わったみたいですよ。今のは怪人が死ぬ時のものです」


ドクターがニヤリと笑う。


「違うな…今のは…」


黒い何かが空から降りてくる。それは田中 優太だった。身体はボロボロで黒い体液が大量に流れ落ちている。


「セラさん…勝ち…ました…よ…」


ドクターは田中に駆け寄り抱きしめる。


「良く…良くやったっ!お前は使命を真っ当したんだ…!」


「あり…がとう…ございます…セラさん…幸せに…なって…」


ドーンと爆発し真っ黒のドロドロが飛び散り、そしていっぺんも残らずに田中 優太はシミひとつ残らず消えた。ドクターの頬に涙が流れ落ちる。黒服が電話を受けて、慌ててアジトへと入って行く。

ギリレンジャーが全員死んだのだろう。これを受けて国はどう動くだろうか。いや、きっと何も変わらないのだろう。このマッチポンプは永遠と繰り返す。国が怪人を用意して、ギリレンジャーと戦わせる。そして、政治家達はそれを世界に見せつけ、国力と経済を産む。そして、大企業の上役達が賭けをするのだ。怪人が何分持ち堪えられるかを…


「田中…かっこよかったぞ…お前は一時とはいえ、この馬鹿げた茶番を終わらせたんだから…立派な正義だ…それに…」


ドクターはあの時の田中の願いを思い出す。


「俺は…セラさんに自由になって欲しいです。俺はセラさんの為に戦います!」


世界は個の正義の為にほんの少しだけ平和になったのかもしれない。少なくともセラはもう二度とドクターと呼ばれる事はなくなった。


おわり

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