第3話 奴隷の少女

「彼女は……ジパン人なのか……!?」


この世界は金髪碧眼の白人だらけなのにも関わらず見間違えることのない黄色人種おうしょくじんしゅで黒髪黒目。

そして何よりもその黒い髪はジパン人の一番の特徴に他ならなかった。


だけどそんなことよりも。

今目の前で傷つけられている少女を見てられなくて俺は飛び出し彼女を襲うムチを手で掴んだ。

そのムチはただ痛めつけるためだけにゴツゴツとしており受けた俺の手からは血が滲む。

こんなものまで使うなんて……


「あぁん!?なんだてめぇ!」


「……彼女への扱いがいささか納得いかなかったんでな」


「こいつは俺のだ!壊そうが捨てようが俺の勝手だろうが!」


そう、これがこの世界の常識だ。

奴隷とは物であり奴隷階級に落ちた瞬間に人権は剥奪され持ち主は何をしようとも法律違反にはならない。

なんなら法律で奴隷は物だと認めている。


でもこの光景を見過ごせはしなかった。

いくらレックスこの体になったとしてもそんな倫理観は持ち合わせていない。

こんなことが横行していると思うと吐き気がする。


「……では俺が彼女を買い取ろう」


「はぁ?」


男が不思議に思うのも当然のことだった。

好き好んでこんなボロボロの奴隷を欲しがるやつはいない。

ただの偽善かもしれないけどせめて手の届くこの子だけでも助けたかった。


「お前みたいなガキンチョがいくら出せるとおも……ん?お前は……いやあなたはまさか蒼天の剣のレックス!?」


「俺のことはどうでもいい。彼女を売ってくれるか?」


「へ、へぇ!煮るなり焼くなり好きにしてくだせえ!」


この男は俺のことを知っているのか態度が急変した。

すぐにでも俺から離れたいらしく少女の首輪に付いていた鎖を無理やり引っ張った。

少女は急なことに驚いて、ばたっとつまずいて転んでしまう。

擦りむいた肘からは血が出ていた。


「丁重に扱えよ……!」


「ひ、ひぃ……!」


少しにらみをきかせると男はそのまま泡を吹いて気絶してしまった。

異常に怯えている様子だったし昔何かあったのだろうか。

でも記憶にないし大した人物でもないだろう。

俺は金貨を一枚男の近くに置きジパン人の少女に歩み寄る。


「大丈夫か?怪我の様子を見せてくれ」


「ひっ……あ、ぅ……」


少女は怯えたように目をつむり俯く。

その痩せ細った体は震えていて俺は配慮が足りなかったと反省する。

かといって治療もせずにこの場所にいると風邪を引いたり傷が膿んでしまう可能性がある。

俺はどうしたものかと頭を悩ませる。


「少し歩いたところに宿をとってあるんだ。そこまで歩けるか?」


「……は、はぃ」


最後は消え入ってしまうくらい小さな声だったけど少女は確かに頷いた。

あんなにも怯えていたのに素直に言うことは聞く、ということはやはり彼女は今まで言うことを聞かないと罰されるというのが体に染み付いているのかもしれない。

俺はなんとも言えない悲しい気持ちになった。


「こっちだ」


俺は手錠と首輪の鍵を外してやる。

そして少女のことを気にかけながら宿屋へ向かってゆっくりと歩き出した。


◇◆◇


宿屋へ少女を連れて帰ると女将にひどく驚かれた。

被差別人種だから追い出されたらどうしようとも考えていたが女将はそんなこと気にしないかのように彼女の髪を隠すフードをくれた。

俺は他の宿泊客の目に晒さないようにすぐに女将と共に少女を部屋に連れて行く。


「どこから連れてきたんだい……ジパン人は中々見ないけれど……」


「ひどい扱いを受けているのが見ていられなくて連れてきた。ってその話は後だな。まずはこの子のことだ」


少女は転んだときの擦り傷だけでなく全身ボロボロだ。

おそらく今日だけじゃなく毎日のように暴力を受けてきたんだろう。


「あ、あの……私をどうするんですか……?」


少女は恐る恐るといった様子で聞いてくる。

俺はできるだけ怖がらせないように優しく微笑んだ。


「君を治療するだけだ。ちょっとそこに座ってくれるか?」


「は、はぃ……」


少女は素直に俺が指差した椅子に座った。

俺は少女の近くで膝をつきそっと手に触れる。

ビクビクと震えていたが暴れる様子はなかった。


「それじゃあ魔法をかけるから楽にしていろ。『我が呼びしは神秘の光、その慈愛を以て癒しを与えよ。癒しの光』」


彼女の体が優しい光に包まれ少しずつ怪我が治っていく。

ありえないほどの数の負傷に驚くがこれくらいなら問題ないのでどんどん魔法をかける。

そして10秒が経った頃には彼女の傷は全て治っていた。


「これほどの回復魔法を簡単に……流石はレックスだねぇ」


「これくらいは初歩だ。怪我の具合はどうだ?痛みは残ってるか?」


俺は女将のお世辞に肩をすくませ少女に問いかける。

その問いかけられた本人は自分の体を見て目をパチパチさせていた。


「痛くない……どうして……?」


「回復魔法をかけたんだ。怪我が治ってよかった」


どうやらちゃんと機能したようだ。

擦り傷やら青あざはもう残っていない。

女の子だし傷が残ったら可哀想だもんな。


「それじゃあ私はこの子を風呂に入れようかしらねぇ」


「……頼めるか?」


ずっと綺麗にしてもらえなかったのかすごい異臭がしていた。

土汚れも付いているし一回風呂に入れたほうがいいのは確かだ。

同性の女将に頼めるのは素直にありがたい。


「いいってもんよ。店の裏に私の家があるからそこで入れるとしようかね」


「助かるよ。このおばさんに付いていくんだ。大丈夫か?」


「は、はぃ……よろしくお願いします……」


少女はコクリと頷いた。

女将が笑顔になって少女の手を引いて出ていく。

一瞬ビクッとなっていたものの回復魔法で多少は警戒を解いてくれたのかさっきよりは怯えた様子はなかった。


「ふぅ……とりあえずは一段落したか……」


俺はベッドに腰を掛け一息つく。

そして俺は自分の手を見つめた。

初めて魔法を使ったあの感覚、何かが体から抜けていくような感覚と共に超常的な力を行使しできた。

改めて異世界に来たんだと高揚感に包まれた。


さらには他にもたくさんの魔法を会得していることがわかっているのだ。

片っ端から試したくてうずうずしてくる。

……物を壊さなければ使ってもいいよな?

俺は早速どんな魔法がいいか考え始める。


「攻撃系の魔法は当然無し……となれば補助系の魔法か?それじゃあ……身体強化」


唱えた瞬間、体の奥底から力が湧き上がってくる。

軽くジャンプするだけで天井付近まで飛ぶことができた。


「くっくっ……!すげぇ……!」


俺は笑いが止まらずに次々と魔法を試していくのだった──


◇◆◇


「くく……本当にすげぇな……!この魔法はこれと組み合わせたら使えそうだしこれは……!」


俺が夢中になっていると突然部屋の扉が開かれ音にびっくりして小さく飛び上がる。

この体になって気配を敏感に察知できるようになったはずなのに夢中になりすぎて全然気付けなかった。


「全く何やってんだい……」


「ち、ちょっと魔法の使い方についての研究をだな……」


女将は呆れたようにため息をつき俺はとりあえず誤魔化しておいた。

魔法を使って喜んでニヤニヤしてるのは流石に変人すぎる。


「ちゃんと風呂に入れてきたよ。あとずっとあの服を着せるのは可哀想だからとりあえず娘の服を着せておいた」


「それは助かるよ。服の代金は?」


「そんなの払わなくったっていいさ。それよりも感想を聞かせとくれ」


「感想?」


俺の聞き返しに女将はニヤッと笑う。

そして後ろを振り返って呼びかけた。


「ほら、入っといで」


「あ、あの……えっと……」


鈴を転がすような美しさを持つ声が自信なさげに聞こえてくる。

少女がやってきたのかと俺は笑顔で出迎えた。

のだが……


「おお、綺麗になったの……か……」


俺は驚きすぎて次の言葉が紡げなかった。

痩せてはいるものの腰まで伸びたサラサラとした黒い髪に、とても整っている小さくて可愛らしい鼻と口、パッチリとした目。

ありえないほどの絶世の美少女がそこにはいた。

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