親友に裏切られ婚約者に捨てられた俺は好き勝手に人生楽しむことにした〜なぜかイカれた狂信者共が続々と忠誠を誓ってくるんだが〜
砂乃一希
第1話 裏切りと新たな誓い
「お前、今すぐこのパーティーを抜けろ」
その声が聞こえてきた瞬間、俺の意識は覚醒した。
日本と呼ばれる国で暮らしていた記憶が続々と流れ込んできて多少のめまいがする。
これは……異世界転生なのか……?
俺は倒れ込むのをこらえ周りを確認すると宿屋らしき一室にいて数人の男女が目の前に立っていた。
知らない人間のはずなのにこの世界の記憶には確かに存在している。
この人たちはこの体、レックス=マクファーレンが所属しているS級冒険者パーティーである『
そのメンバーたちの視線は俺に集中していた。
それも仲間に向けるようなものではなく汚物などを見るような冷ややかな目で。
「聞こえなかったのか?パーティーを抜けろと言ってるんだ」
このパーティーのリーダーであり俺の親友、リチャード=ドレイバーの声が再び耳に入る。
俺は今まで面識が無かったはずなのにレックスとしての記憶がそうさせるのか心に動揺が走る。
レックスの記憶を遡ってみるが何かミスをしたわけでもなければトラブルを起こしたわけでもない。
追放される理由が見当たらなかった。
「なぜ追放されなくちゃならない?」
「お前は最近大して俺達の役に立って無かっただろう。俺達のパーティーに無能は必要ないんだ」
大した戦果を挙げられなかったのは連携もクソもなく好き勝手に動くパーティーメンバーたちをサポートするのに必死だったからだ。
事実
なのに無能だからいらないだって?
「きゃはは!あんたなんてもう用済みなのよ。リチャードの言う通り無能はすぐにでも出ていきなさい」
その聞き慣れた声に更にハッとすることになる。
声の主はナターシャ=モリス。
戦争孤児だった俺を受け入れてくれた家の一人娘であり聖女として選ばれた彼女とは将来を誓い合った仲だった……のだが。
彼女も他のメンバーたちと同じような目をし自分を排除しようと動いてくる。
俺にはそれが信じられなかった。
「アハハ……驚いたか?ナターシャは既に俺の女なんでな」
リチャードがナターシャの肩を抱き寄せ俺に言う。
その豊満な胸を揉みしだくもナターシャは抵抗するどころか嬉しそうにリチャードに抱きついた。
そこで俺は二人に前々から裏切られていたことを知る。
「あんっ!リチャード様ぁ……少し恥ずかしいですわ」
「そのくらい気にするな。あっはっは!」
「うふふ、あんななんの面白みもない男よりもリチャード様のほうがカッコいいですわ。さっさとあの男を排除してくださいまし」
今まで俺に向けていた熱い目をリチャードに向けたかと思えば俺には冷たい視線をぶつけてくる。
俺の心は引き裂かれるような痛みと共に何かが崩れていく音がした。
その場で膝から崩れ落ちたいのをちっぽけな自尊心でなんとか耐えることしかできない。
「早く出ていけ。お前の居場所はもうここには無い。お前のような下賤の者が俺のような高貴な者と旅に出れたことをせいぜい感謝するんだな」
確かに俺は親も知らぬ戦争孤児でリチャードはこの大陸における最大国家、さらに世界同盟の盟主国であるドレイバー帝国の第一皇子だった。
なぜそんな身分で冒険者をやってるのか知らないがたまたまリチャードと出会った俺達は身分差を気にしないそのフレンドリーさと同じような価値観を持っていたことでパーティーを組むことになったのだ。
なのに今身分差を突きつけられ追放されようとしている。
俺の頭はおかしくなりそうだった。
「……わかった。出ていくよ」
「早く俺達の視界から消えるんだな。ああそうだ、ちゃんと装備は全部置いていけよ?代わりにその剣は見逃してやるし金はくれてやる」
この剣は昔、修行をしているときに不思議なおじさんにもらったものだ。
元々俺のものなんだから返すも何も無いだろうと思いつつ俺はもはや反論する気も起きず素直に剣以外の全ての装備を外し渡した。
そして中身が少し膨らんだ革袋が渡される。
「それじゃあな。精々しぶとく生きろよ。あっはっは!」
俺はリチャードの笑い声を背に俺は扉を開けて出ていった──
◇◆◇
「異世界転生した瞬間にこんなのってありかよ……」
俺はレックスとしての記憶を頼りに街をトボトボと歩く。
だがその足取りは重く心の痛みは未だに消えなかった。
それだけ、レックスはナターシャを心から愛していたしリチャードを信じていた。
その二人に同時に裏切られたのだ。
リチャードたちが触れ回ったのか既にパーティー追放のことが町人たちに知れ渡っていた。
みな腫れ物を扱うかのように目を逸らすか興味や困惑と言った視線を向けられる。
俺が宛もなく彷徨っていると突然ガタイの良い二人組の男に取り囲まれる。
レックスの記憶にもこいつらの存在は無かった。
「誰だ?俺は今気分が悪いからそこをどいてくれ」
「へっへ。蒼天の剣を追放されたってのは本当らしいな。まあ一番不人気だったし誰も悲しまないんじゃないか?」
「大した実力も無く身分も無いくせにパーティーメンバーのお陰でいい思いをしていたんだ。ちょっとくらい痛い目を見てもらわなくちゃなぁ?」
どうやら醜い嫉妬らしい。
次から次へと人間の汚い部分が見えて気が滅入る。
なぜ異世界転生してから嫌な事しか起こらないのだろうか。
「はぁ……」
「何舐め腐った態度を取ってやがる!お前はここで俺達に倒されるんだよ!」
「その面すぐに地面につけてやるよ!」
男たちがいきなり剣と斧をそれぞれ取り出し襲いかかってくる。
平和な日本で暮らしてきた記憶を持つ俺からすれば命を狙われるこの状況は恐怖を抱いてもおかしくないはずだが恐れは全くない。
それもひとえに
ナターシャを守るために、その一心で毎日死ぬ気で鍛錬を積んだ日々が俺の足を前へと突き動かした。
「警告はしたからな」
俺は腰に帯びた剣を抜くこともなく男たちに接近する。
異常なほどに良い動体視力は武器の軌道を正しく捉え、一人目の男が振るう剣を交わし斧を持つ男の懐に潜り込んで掌底を叩き込んだ。
一瞬で男は白目を剥きふっ飛ばされ近くにあった壁にめり込んだ。
泡を吹いて男が気絶する。
「な、何しやがった!」
「ただ殴っただけだ。次はお前の番だな」
「ま、待てっ!俺が悪かっ──」
返事を聞くこと無く拳を叩き込んだ。
その一撃に男が耐えられるはずもなくその場に倒れ込み気絶する。
冒険者同士の喧嘩は日常茶飯事であり周りに人だかりができていたものの憲兵隊に通報しようとする者は見受けられない。
俺はため息をついてその場を後にした。
(はぁ……これからどうすればいいんだ……)
記憶はあるものの見知らぬ世界で頼れる人もいない。
前世の記憶だってあるが前世の俺は高校生までの記憶しかないのだ。
死んだ瞬間の記憶が無いからなんとも言えないが、前世の俺は高校生までしか生きられなかったのではないだろうか。
お世辞にも人生経験が豊富だと言える年じゃなかったからなおさら不安になってくる。
(ん?人生経験が豊富じゃない……)
俺は自分の言葉にピンと来るものがあった。
それこそこの異世界に来てしまったからこそできること。
「この世界で……自由に生きてみたい。前世でできたかったこととか異世界でしかできないこと。せっかく与えられた二度目の人生を楽しみたい……」
その言葉はしっくりきて自分の中に染み込んでいった。
自分の求めていたものはこれだと心で理解する。
スタートこそ最悪だけどいつまでもくよくよしてちゃダメだ。
俺は……俺の人生を誰よりも楽しむんだ──
こうして天にも届きし力を持ちながらも野心を持たなかったレックスという男の中身が変わったことによりこの世界の運命は本来のものから少しずつ狂い始める。
その狂いは何者にも止められないくらい大きくなり最終的には大きな渦となって世界中を巻き込んでいく──
それはまだ、誰も知らない話であった。
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