君の見つめる先

ひろ・トマト

第1話 たんぽぽの咲く季節

ピピっ、ピピっ


気持ちのいい眠りの中、不快な機械音が部屋に鳴り響く。




音に反応し重々しい瞼を開けると、カーテンの隙間から朝日が顔を出している。


今日もまたけだるい朝がやってきた。現在6時15分。




それが先ほどまで寝ふけっていた彼……伊勢優馬の起床時間だ。




「……ねむ」


朝はどうしてこう眠いのだろうか。窓の隙間からこぼれ出る朝日を呪いながら、眠い体を無理やり起こし、ふらふらした足つきで洗面台まで赴く。




鏡で見る自分の寝起きの顔に思わず苦笑いしながら、蛇口をひねり、水を顔にかける。


冷たい水は先ほどまで寝ぼけていた彼の顔と意識に生気を与える。


一度だけではたらず、二度、三度と水を浴びると意識がはっきりと覚醒していく。


今日も一日が始まる。




上を見上げれば、きれいな青空が広がっている。思わず関心してしまうほどの青さだ。


春も徐々に終わり、夏へと移行していくこの期間。




優馬はこの期間が好きだった。単純に暖かく、過ごしやすいというのもあるが、それ以上に春が始まり、すべての景色が冬という閉塞した季節から解放されていく。




あまり人に理解されたことはなかったが、そのような感覚を味わえるためこの季節は優馬にとって特別だった。




この日もいつものように耳に差したワイヤレスイヤホンから流れる音楽を聴きながら、青い空を眺めて歩いていた。




駅から降り、住宅街を歩くこと15分。右手に公園が見えてきた。




吉山公園。なんてことはないよくある公園の一つで、ここまでくれば学校はもうすぐだ。


ふと公園のほうをのぞいてみる。公園には誰もいない。たまに酔っ払いが寝ていたり、休日となれば子供が遊んでいたりするのだが、いまは誰もいない。


静かで閑散としている。




公園には町内会の人たちが植えたと思わしき黄色いたんぽぽがさいており、彩りある景色となっている。


優馬が公園から目を離そうとしたとき、視界の端で誰かをとらえた。




よく見てみると、公園の端のほうで、誰かが座りこみながらたんぽぽを見ている。


その人物は優馬と同じ学校……吉山第一高校の制服を着ている。




真上の空よりも少し濃い目の色をした青髪。その髪が周りの景色と似合わず、少し異質感を出している。


しかし、五月晴れの空にも、生き生きとしたたんぽぽにも劣らない美しさを持っている。




(あれって……)




優馬はこの人物を知っている。同じクラスの如月葵だ。


如月は、クラスの中でも1,2を争う美貌の持ち主だ。




青い髪、凛とした黒い瞳、すらっとして、少しやせ気味のバランスのいいプロポーション。


そんな普通の人とは別格の存在。それが如月葵という人物だった。




しかし、如月葵はクラスの人気者というわけではない。


なぜなら、彼女はとても近寄りがたい存在だからだ。




彼女は、ほかのクラスメイトとしゃべることもなく、常に孤独な存在だった。


インスタなどのSNSもやっている様子もなく、クラスLINEには入っているが発言したこともない。




とにかく人と関わらない、クールでミステリアスな人だ。




そんな彼女が今、公園でたんぽぽを見つめている。




(花、好きなのかな)


なんとも意外だと思いながら彼女を見つめる。




しかし、花が好き、と仮定するにしては、表情が暗い。


花を見つめる黒い瞳はどこか悲し気で、切ない瞳をしている。雰囲気もどこか重々しい。




好き好んで花を見ている、というわけではなさそうだった。




そんな彼女の様子が心の中で引っ掛かりながらも優馬その場を後にする。


(朝から珍しいもの見れたなぁ)




尋常ではない様子だったがとても声をかけれるような感じではない。


それがなくともそもそも普段から他人と関わらず、孤独な存在だ。




優馬はもちろん喋ったこともないし、彼女が誰かと談笑しているところもみたことがない。


優馬もそんな人物に話かける度胸も少なかった。


心に引っ掛かりを感じながらもその場を後にした。


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