シルバーフィッシュ
ラッセルリッツ・リツ
シルバーフィッシュ
僕はシルバーフィッシュ。今日も押入れの紙を噛んでは生き延びている。
なるほど、なるほど、これは甘酢っぽい味だ。ちょっと酸味が強すぎて酸蝕歯になってしまいそうだ。あとでちゃんと歯磨きしないと。
「そんな軽い本で満足するとか、舌はガキのまんまだな」
たまに来るプライド高いシルバーフィッシュだ。なんかいつも偉そうにして、ライトノベルを食べている僕を馬鹿にして、今は古い純文学の本を食べながら。別に僕が何を食べたっていいじゃないか。
「よー、おひさしぶりー、シルバーフィッシュ。あれ?」
友シルバーフィッシュだ。感性豊かで正直者だけど、そのせいで嫌われてたりもする。プライド高いシルバーフィッシュがあっちに行ったのもそのせいだ。
「おい、聞いたか? あっちの本棚に新しい本があるらしいぜ」
「新しい本?」
彼は押入れの外、ワンルームの奥にある本棚へ目を向けた。いくつもそれは並んでいて、まるで人間の言うビルみたいだ。
「何の本なの?」
「ホラーだってさ。襲ってくる化け物と怪奇現象だ」
「それ美味しいの?」
「わかんないけど、兄貴シルバーフィッシュはスパイシーだって言ってた」
スパイシーか。そんなのなかなか味わったことないな。ちょっと興味ある。けれど――――人間のいる部屋に入って遠くにある本棚まで行くのは怖いな。
「なぁ、行くだろ?」
「嫌だよ」
「なんで?」
「怖いし」
「でも気になるだろ?」
「なるよ」
「じゃあ、行くだろ?」
「嫌だよ」
「なんで?」
「怖いもん」
押入れの襖、その敷居くらいに話は平行線。彼は彼の兄貴譲りの遊び心のままに僕を誘うんだけど、やっぱり死ぬのは怖い。
「いいよ、君だけで行ってきなよ」
「そんなこと言うなよ。そうだ! そういえばお前がさっき食べてた本の続きもあっちにあるみたいだぞ?」
「……ほんと?」
「他にももっと美味しいのがあるらしい。行くだろ? もっと美味しいものがあるんだぞ?」
「いや、でも……」
「このまま同じ味ばっかでいいのか? 生き延びるだけの日々じゃつまんないだろ?」
「うーん……別にさっきの本だって不味いわけじゃないんだけど。やっぱり危険だよ」
ワンルームでは若い人間がベッドでゴロゴロ、本読んでる。見つかったらすぐに叩かれて潰されるだろう。
「まったく、優柔不断だな。わかった、じゃあちょっとだけ行ってみて危険なら帰る。それなら行くだろ? ちょうど人間が寝てる今がチャンスなんだよ!」
彼にはそう見えているんだ。確かにチャンスにも見える。ちょっとだけ様子見るくらいなら大丈夫なのかな。
「わかった。僕も行くよ」
「よし、決まりだ!」
押入れから外の世界へ飛び立つ。透明な体は照明の光の粒で煌めいて、宝石のようにも――――って言えるほど僕らの鱗は固くないか。
「右、左、前! 後ろはお前か、安全確認ヨシ! 行くぞブラザー!」
「あ、うん」
「うんじゃない、ラジャーだ!」
「らじゃー?」
軍人のサイボーグがどうたらする小説を昨日食べてたな、彼は。スリルあってミッションみたいだけど。
トコトコ。僕らは木目の道路を滑走する。できるだけ暗いところ、静かなところ、椅子の下、机の下――――そして、ベッドの下? え、ここ行くの?
「ブラザー、ここから先は要注意だ。上には機械兵ロンドールがいる。奴は簡単に俺たちを踏みつぶす凶悪犯だ!」
「そうだね。人間だもん」
「いいか、物音一つ聞かれたら襲ってくるぞ。ここはゆっくり、ゆっくり行くんだ」
「わかった」
忍び足、忍び足。僕らは油断するとすぐにスピードが出てしまう。勝手には止まれない。逃げるにはいいんだけど、見つかった時点で本棚へは行けないから、音立てずに気を付けないと。
にしても埃まみれで、ちょっとジメジメしてて、なんか、なんか――――
「ああ、なんか落ち着く」
「おい、時間はないぞ?」
「そうだった」
この上で人間がずっと本読んでるわけないんだ。動き出したら色々大変になるし、さっさとここを抜けよう。
「むむ? なんだ? あんたらは?」
「え?」
「なに!?」
深くは言わない。けど怖い黒いのだ。ギラついた目で僕らを睨んでくる。ヤバい、こっちに近づいてきた。
「ここは俺たちの縄張りなんだが? なぁ、お前ら?」
「ああ、シルバーフィッシュごときが何の用だ?」
道を塞がれたし、後ろも囲まれた。ああ、どうしよう、逃げ様にも逃げられない。人間以外にも怖いのがいるのを忘れてたの、後悔するしかない。
でも僕は一人じゃない。隣には頼れる友シルバーフィッシュが――――あれ、白目向いてる? 気絶してる? え?
「おいおい、こいつ気絶してるぞ」
「マジか、なっさけねぇー!」
「おい、起きろよ? おいおい」
黒いのたちは友シルバーフィッシュの顔をベシベシと叩くも、気絶したまま。まるで石のようだ。僕もそうすれば大丈夫な――――わけないか。どうしよう、どうにか見捨てて逃げ――――ダメだ。そんなのできない。
「ちょ、ちょっと友達を虐めるのをやめてください!」
「ああ? こっちは元気だな?」
あ、これはヤバい。目が怖すぎて身体動かない。終った。ああ、せめて人間に殺されたかったな。これじゃ、なんかカッコ悪いよ――――ん?
「な、なんだ!?」
ドン! ドン! 床が大きく振動してる。地震だろうか? いや、違う。天井から埃がゆらゆら落ちてきている。これは寝返りだ!
黒いのたちはまだ揺れに戸惑っている――――今の内だ!
「行くよ!」
「アスパラガスゥ??」
「行くよ!!」
「アスパラガス!!」
僕らは全速力、一気にベッド下の暗闇を置き去りにする勢いで突っ走る。
「おい、待てや!!」
「待たないよ!」
「いや、待てや!!」
「待たねえよ! ばーか!」
追いかけてくる黒いのも無視して僕らはただ真っすぐ、ベッド下を抜けてカーテンに飛び込んだ。
「逃がさねえぞ!」
「まだ追ってくるのか」
「おい、行くぞ!」
「うん!」
メシメシメシ。カーテンを颯爽とよじ登っていく。あんまり運動してなかったからちょっと足がキツイ。
「シルバーフィッシュ如きが!」
「うわ!」
「どうした!?」
足を掴まれた。不味い、さらに下には三匹くらい。ぞろぞろ来てる。
僕は必死に足を振って黒いのを振り払おうとするが、握力強すぎる、全然離れない!
「放せよ、オラオラー!!」
「ぬわっ!!」
友シルバーフィッシュの頭突きが炸裂し、黒いのは背中から床へ落ちていった。さすが頼りになる友達だ。
「ありがとう!」
「礼なら後だ! 後ろからまだ来てる!」
「そうだね、行こう!」
カタカタカタ。人間が梯子を昇よりもずっと速く僕らは本棚の高さまでカーテンを昇っていく。
「絶対に逃がさねえぞ! 追え、お前ら!」
「ここなら行ける! 急げ!」
彼はその高さで僕を待っている。ただ黒いのもすぐそこまで来てる。もっとスピード出さないといけないのに――――ヤバい、足がかなりキツイ。
「先に行って!」
「ダメだ! 置いてけない!」
「でも――――」
今度は三匹だ。彼の頭突きじゃ追い払い切れない。だからこそ僕を置いて行ってほしいのに。どうして――――
「ぐつぐつ煮込んで喰ってやる! 覚悟しろ、シルバーフィッシュ共!」
「っく! 早く行って!」
「諦めんな! お前ならできる! ほら、掴まれって!」
「う、うん――――うわっ!!」
「捕まえたぞ?」
黒いのに両足掴まれた。ダメだ。まったく動けない。彼が伸ばした足に僕は届かない。もう無理だ。こうなったらお終いだ。
「早く行っ――――」
「ゴキブリ、消え去れ!!」
「!?」
その爆音とともに白い霧に辺りは包まれた。人間が僕達を発見し、攻撃してきた。なんか呼吸ができなくなって――――あれ? 足が軽い? 幻覚?
「オラオラ、消え去れ! 消え去れ!」
違う、黒いのらが下に落ちてる。人間もそっちに白い霧を吹きかけてる。僕に気づいてない?
ああ、そうか、このカーテン白い、僕らは保護色で気付かれなかったのか。
「おい、今の内だ!」
「そ、そうだね!」
僕はなんとか本棚に届く高さまでカーテンをのぼって、そして――――大きく羽ばたいた。この広い部屋の中、滑空する間は僕らは蝶になれる――――というほど綺麗じゃないけど。本棚には辿り着いた。
「よし、やったな!」
「うん!」
パン。ハイタッチして僕らは高いビルの頂上、笑い合った。そして二人、押入れを見下ろして、ベッドを見下ろして、部屋を見下ろして壮大な景色に想いを馳せた。
「にしても、ひえー、あんなに攻撃して人間って恐ろしいな」
「消え去れ! 消え去れ!!」
「そ、そうだね。もうとっくに死んでるのに」
「そういや兄貴が言ってたな、人間はアイツらが大嫌いだって」
「そ、そうなんだ……大変だね」
「まぁ俺たちも見つかったら殺されるし、あんまり変わんないか――――」
「早く本食べに行こう!」
「そ、そうだな!」
頂上からゆっくりと一階、一階、降りていく。足を滑らしたら一気に床へ後戻りだ。そのうえここの足場はよく滑る。気を付けて降りていく。
「どこにその本ってあるんだっけ?」
「確か、三階だ。ここは六階だからもっと降りないと――――おい、見ろよ、これ」
「え? 人間? じゃない??」
小さい人型の塊が並んでる。動かないし、襲って来ないみたいだ。よかった。
「フィギュアって言う趣向品だってさ。ここにあるのは皆人間のメスだぜ、こんな食べられないのの何がいいんだか、人間の考えることはわかんないな」
「うん、確かに美味しくはないね」
「おい、噛むなよ。何でもそうやってするの、お前の悪いとこだぞ」
「あ、ごめん」
「よ、よし、さっさと降りるぞ」
そんなに気味悪がらなくたっていいじゃないかって僕は思うけど、すっごい顔された。これからは気を付けておこう。
一階降りて五階、やっと本が並ぶエリアに着いた。あるのはどれもライトノベルだ。ああ、いい匂い、恋愛もの、転生もの、ギャグ、などなど。どれも新しくて美味しそう。
「いただきま――――」
「おい、ここで食べたらお目当ての品が食べられなくなるぞ」
「そ、そうだった」
「ここにはない大味なんだからな、勿体ないだろ?」
僕はシルバーフィッシュ。人間と違って欲望への耐性は強い。頑張れば食べなくても一年は生きれたはず。
それから降りて、降りて、滑って落ちそうになるも辿り着いたのは難しそうな本が並ぶエリア。ちょっと堅苦しい匂いがするけど、一つだけツンとしつつも香ばしいのを感じる。
僕らはそれを辿ってお目当てのホラー本を見つけた。表紙はだいぶ赤い。
「これだな。兄貴が言ってたのは」
「ホラーっぽいのはこれしかないもんね」
「よし、じゃあさっそく実食と行こうか」
「うん」
待ちに待った。冒険の末の宝物。その真っ赤な表紙へ飛びつき、すぐに噛みついた。時間かけてゆっくりと舐め回し、今までの苦労に涙流しながら、味わう。味わう――――あんまり美味しくない。
「うっま! うっま! これだよ、このスパイス!! 冷や冷やするけどスパイス!」
「僕、これいいや」
「そうか、じゃあ俺が全部――――って、え?」
「僕、ラノベに行ってるね? って戻れないんだった」
「おいおい、せっかくここまで来たんだし、もうちょっと食べてみろよ?」
「いや、なんかもういいや、うん。ごめん」
「なんだよ、こんなに美味しいのに」
僕は彼を置いて別の本を見に行った。といっても純文学ばかりでちょっとそそられない。僕はやっぱりラノベが好きなんだなと強く実感した。
「あ、虫だ。消え去れ」
「え?」
今なんか白いキラキラしたのが落ちた。人間がホラー本を手に取ってる。え、友シルバーフィッシュは。どこ? 嘘でしょ?
「よし、ってなんか穴開いてんだけど。買ったばっかだったのになんでだ? さっきの虫が喰ってたのか」
さっきの虫?――――人間は何食わぬ顔で本棚の下をじっと見ていた。そこには粉々になった鱗が散らかっていた。紛れもなく、疑いようもなく、それはきっと――――、
「ま、いっか。本読むかー」
人間がベッドでまた読書を初め、僕は何も考えずこの場を去った。
ベッドの下、机の下、椅子の下、静かなところ、暗いところ、そんなの関係なく一直線に帰った。ゆっくりと、わざと見つかろうとしてるように。
でも見つからなかった。安全に帰ってこれた。
――――僕はシルバーフィッシュ。今日も押入れの紙を噛んでは生き延びている。
あれから数週間たって、だいぶ物が食べられるようになってきた。ただいつもよりもラノベがほろ苦く感じるけれど。
僕は新しい味覚を求めて冒険して、それで仲間を失って、もう味覚が落ち込んでしまった。こんなのを求めていたのかな。そんなわけないのに。
「おいおい、やっぱラノベは不味いだろ? ほら、純文学分けてやるよ。それに今はこういうののほうが合うと思うぞ」
「いや、いいです……」
たまに来るプライド高いシルバーフィッシュは変わらずラノベを馬鹿にするけど、今日はちょっとだけ優しい。でも何食べても不味く感じるの、わかってる。
「そんなに落ち込んでも仕方ないだろ。あそこへ行くってのは危険の上だったんだから。アイツだって死ぬの覚悟のはずだぞ」
「でもやっぱり……」
「後悔しても何も変わんないだろ? まぁそれほどお前が優しいって事なのかもしれんが……」
あんまり慰まらない。のがちょっと逆にしんどい。気持ちはわかるんだけど。なんかもう、どっか行ってほしい。
「そうだぜ、落ち込んでもどうにもなんないだろ。ほら、フィギュア齧るくらい馬鹿でいろよ?」
「別にそんな――――え?」
「あ、ただいま」
聞いたことある声はワンルームからの照明を背にした影から。友シルバーフィッシュは何ともない様子でそこに立っていた。
「いやー、あれから大変だったんだよ――――」
「ゆ、幽霊? 粉々になったはずじゃ?」
「おっと、お前にはそう見えてたのか? あれはだな……」
――――友シルバーフィッシュはあの後のことを自慢げに語った。ヘラヘラと笑っている彼に僕の今までの悲しみはなんだったんだって怒りたくなったけど、久々に彼と友に食べた押入れの本は今までで一番美味しかった。
「でさ、本のお店作るためにまた外に、今度は正真正銘の外、屋外! なんだけど、お前も行くよな?」
「はぁ……どうせ、断り切れないよ」
「じゃあ、決まりだな! 美味しい本屋作ってやろうぜ!」
―――あとがき―――
自己満足。以上です。だから文字ミスってるかもしれないです。
シルバーフィッシュ ラッセルリッツ・リツ @ritu7869
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