14 墓守
早苗は、等間隔に石柱が立つ林の中に伸びる、石畳の小道を走っていた。背の高い
早苗は息を切らしながら、おびただしい数の石柱の、掘られた名前を一つ一つ見ていった。
「木染、木染……」
探し始めてしばらく経った時、ぽつりと水滴が早苗の鼻の頭に落ちてきた。早苗は足を止める。次の瞬間、バケツをひっくり返したかのような雨が一気に墓地に降り注ぎ始めた。水滴が、走ったせいで火照った早苗の皮膚から、温度を奪って流れ落ちていった。
「大丈夫ですか?」
声がして早苗は振り返った。黒い傘を差し、黒い雨合羽を着た青年がこちらを見ていた。背丈は早苗と同じくらいだったが、童顔な顔立ちのせいか、早苗より数歳年下に見えた。バケツと布を持っている。
「あまり大丈夫ではないかもしれない」
早苗が正直に言うと、青年は「ですよね」と言って黒い傘を差し出した。
「大丈夫そうに見えない人にかける言葉って、何が正解なんですかね?いつも悩みますけど、やっぱりまず口から出てくるのって、大丈夫ですか、になっちゃうんですよね」
「君は?」
早苗は傘を受け取って差した。
「僕は
花房は少し膝を曲げるようなお辞儀をした。黒い雨合羽の間から見える肌が、透き通るように青白いのが目に付いた。バケツと布を少し持ち上げて見せる。おそらくさっきまでその道具で石柱を磨いていたのだろう。
「墓守か。僕は今、一週間ほど前に死んだ木染という人の墓を探しているんだけど、どこにあるかわかりますか?」
「コゾメ……。ああ、はい、わかりますよ。こっちです」
花房は石柱の間を歩き始めた。早苗はその後をついて行った。
「これですね」
あっさりと木染の墓標は見つかった。石柱の前に、ズボンが泥で汚れるのも構わずにすぐに早苗は跪き、掘られているQRコードをスマートフォンで読み取った。先生の一生の記録がこれで読むことができる。早苗はその場で木染の人生の最後の一か月ぶんを読んだ。
「あれ……?僕との会話が無かったことになっている……?」
人生の記録には、会話のログまで残っていることがほとんどだ。しかし、早苗が木染とした、中庭での最後の会話、早苗がスマートシステムについて言及しているところのログが、所々黒く塗りつぶされ、消されていた。その日以降、木染が話した内容ややったことの記録を読み進めていくと、次第に黒が多くなっていき、最後の日の記録に至っては、一行しかない記録の全てに黒塗りがされていた。
明らかな検閲だ。人の人生は、編集できる。
しゃがみこんだままスマートフォンの画面に釘付けになっている早苗の頭上に傘をさし向けながら、少し覗き込むようにしていた花房が口を開いた。
「その黒塗りの記録は、過去にも数回見たことがあります。割とレアで、めったにお目にかかることはないですけどね」
「どういうことですか?まさか、誰かが人生の記録を検閲して、改変しているということですか?」
「誰かって、あなたもお気づきかもしれませんが、おそらく政府でしょうね。政府の方針にそぐわない生き方をした人の人生はそうなってしまうのでしょうか」
「僕との会話からなんです。その会話以降、先生の人生は黒塗りばかりになりました」
「そうですか」
花房は少し憂いを帯びたような目で早苗を見下ろした。
「それじゃあ、あなたは、プログラムでいうところのウイルスのような存在と言えるかもしれませんね」
「ウイルス……」
「周りの人の人生に大きく影響するような力を持ち、人生をがらりと変えてしまう、政府の望む安定と秩序を乱す存在。いわば革命家です」
「先生は僕の言葉に影響されて、何をしてしまったんでしょう」
「それはわかりません。検閲されたため、永遠に闇の中です」
早苗の手から滑り落ちたスマートフォンがぬかるみの中に着地する。
「あなたはそろそろここを離れて逃げたほうがいいと思います。政府はおそらく、コゾメさんの人生の記録を見ようとした人の監視を強めるはずです。そして、革命家であるあなたを、秩序あるシステムを乱すウイルスを排除しようとするでしょう」
「あなたは僕を排除したいと思わないんですか?」
「僕には大きすぎる問題ですので、今すぐには判断はできません」
早苗は落ちたスマートフォンはそのままに立ち上がった。
「僕は政府の作り出す虚構を甘んじて受け入れる人間ではありません。真実を追求します」
「がんばってください。あなたの生きがいがそれなのならば」
早苗は傘を受け取ると、墓地を後にした。
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