かわいいベイビー

オッサン

かわいいベイビー

目に青葉、山ホトトギス、初がつお。とは誰が言ったのか。5月というのは日差しも強くなり、真昼の太陽に照らされればじっとりと汗もにじむ。いわゆる初夏である。


そんな5月の午前中の仕事は地獄だった。ここは田舎といえど県庁所在地だ。我が社への通勤は運悪く県庁前を通過する。渋滞のピークを避けて通勤ラッシュが始まる前、早い時間に出勤するのだが、今日は事務所に入ったとたんに電話がなった。

いわゆるユーザーからの問い合わせというやつだが、こんな早朝、なんで自分が出勤したのがわかるのだろうって思うほど間が悪い。結局そのトラブルは昼前に片付いたのだが、私の気分はもう一日の仕事が終わったようなものだった。

とは言え今日の予定は全く消化できないわけで、午後からどうしたもんかと思えば気持ちも沈んでしまう。

そこで気分を切り替えるつもりで昼休みは散歩をすることにした。

新幹線の駅がある新興地区と古くからある行政区のちょうどどまんなかにあるこのあたりは、いわゆる開発から取り残された地区というやつで高圧線の鉄塔が近くにあることもあり、宅地にも不向きで多くの緑が残されている。そんな所にわずかに許可された一群のアパートが立ち並び、その一室に我が社が居を構える。

そんな事務所からてくてくと歩き、土手を越えると二級河川の水面が見えてくる。5月の水面はたっぷりと水をたたえ、まるで今年の夏は水不足の心配はないと言っているようだった。がどうせ当てにはならないだろう。だが、川の流れに陽が反射してきらめいている。綺麗なものだ。

今はまだ下手なうぐいすが鳴き、たまにけたたましくキジも鳴く。そんな場所だ。

土手をフラフラと歩いているともうちょっと頑張ろうかと前向きに思えてきた。

事務所に戻ろうと向きを変えた先にこちらに歩く人が見える。どうやらベビーカーを押している若い母親のようだった。

まだ5月だとは言え大丈夫かな?暑くはないかと思ったものの、ベビーカーにはしっかり日よけがしつらえてある。

安心した。

ゆっくりと近づいてくるとベビーカーの中は、キョロキョロとあたりを珍しそうに見ているそれは可愛らしい赤ちゃんがいた。その目はまるで自分の知らないことはすべて見逃さないですべて見てやるぞ!と、言っているようだ。何もかが目新しく、すべてが美しい。世界は刺激に満ちている。ハローワールド!もちろん私の想像なんだけどね。

でも、なんだかこういう風景を見るのはひさしぶりだななどと思いながら、午前中の憂鬱な気分がすっかり抜けた私は、つい声をかけてしまったのだ。

「こんにちは!かわいいですねぇ。おいくつですか?」

はじめはびっくりしたように私を見ていた若い母親は、ちょっととまどいながらも少し頬を赤らめてこう言った。

「・・・27歳です。」

私は返す言葉が見つからなかった。

世界は驚きに満ちている。

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