魔導士として生きていくということ
棒王 円
始まりの名もなき街で
始まりの赤い悪魔・1
大きな古い日本家屋が自分の家だった。
昔から守る神のいる、巫女の家系。御陵家。
僕と兄がいて、修行をして不思議な力を得て、跡継ぎを決める。
年齢ではなく、実力主義だと決まっていた。
だからこれは実力行使なのだ。
兄が自分の首を絞めているのも。
「お前さえいなければ」
泣きながら首を絞めている兄。
仲は悪くなかったと思う。
僕の手を引く兄は、笑っていた気がする。
一緒に修行をしても、教え合ったりしていた。
けれど。
瀬尾様の声を聞けたのは、僕だけだった。
神の声を聞けば、当主が決まる。
その日の夜に兄は泣きながら、僕の首を絞めた。
今となっては、何が目的だったのか分からない。
当主になりたかったのか。
人身御供になる、僕の身を案じたのか。
今となっては確かめる術がなかった。
ククラは物心がついた時には、もう魔導が使えた。
母親が持っている魔法の本を、声に出して読んだ時に発動したのだ。
魔法は物や紙に魔導の力が込められていて、それを呪文で解放して使う。
何もない状態で使うには、本人の魔導力が必要だ。
魔導力は大概の人に備わっているが、自力で魔導を発動するにはそれなりに訓練が必要だった。ましてや小さいうちにそれを無意識で発動できることは少ない。
ククラは自分がまずい事をしたと思った。
何故なら家族の誰一人、魔導を使える人が居なかったからだ。
ここの村人の殆んどが魔法を使って生活をしていた。
魔導は誰も使っていなかった。
だからククラは自分が使えることを隠した。兄にも姉にも。
只の子供として生きていく。
何もなければその選択は正しかっただろう。
この村が山賊に襲われなければ。
村は炎で焼かれ、女は暴力を受け男は殺された。
子供たちは集められて箱に入れられる。
誰も抵抗が出来なかった。
もちろんククラも。
目の前で無くなる命を泣き叫びながら呼んだ。
どんなに呼んでも、起き上がることはない。
他の子供たちも泣いていた。
自分たちがこの先、奴隷として売られよう事は分かっていた。
悪い大人がする事など、どこでも一緒なのだ。
ククラは、それが許せないと思う。
この大人たちが許せないと思う。
それが愚かな正義感だと気付かなかった。
「…にいちゃん、ねえちゃん、ごめんね」
ククラは兄弟にそう言った。
「…何を言ってるの?」
「お前が謝る事なんてないんだぞ?」
二人にそう言われて一層心が痛んだ。
悪い大人が使っていた呪文をククラは聞いて覚えていた。
自分の手に何かがピリピリと伝わって来る。
小さいククラは蓋の隙間から外に出る。
「ククラ?」
「やめるんだ!まだ外には山賊が!」
二人の声に山賊が箱の方を見た。
箱から出た小さい子供が立っている。
「どうした坊主、出られたなら逃げりゃあいいのに」
ひときわ身体の大きな男が、そう言って笑った。
ククラは大きく息を吸って一息に叫んだ。
「召しますは遠き山々の神なるか!」
男が目を剥いた。
「疾風怒濤!!」
狙った男たちだけが空中に巻き上がった。
魔導を対象者だけに使う事も、また高等な事だったがククラには分からない。
それは一瞬の事だった。
天空高く運ばれた男たちが次々と落下してくる。
殆んどが、なすすべも無く潰れた。十数人ほどの人数が落ちた。
ククラはそれを見ていた。自分の掛けた魔導の結果を。
そして村人たちも見ていた。
助かった子供や女たちの口から出た言葉は、非難と恐怖の声だった。
「どうして、もっと早くやらなかったの!?」
「気持ち悪い!」
「この人殺し!」
「どうしてあの人を助けてくれなかったんだよ!?」
「あっちいけ!」
「何で出し惜しみなんかしたんだい!」
石を投げられた。頭に当たって血が出る。
一人が投げると全員が連鎖のように手近にある物を投げて来た。
兄も姉も、物を投げはしないが非難の眼を向けていた。
母はそんな二人を抱きしめて動かない。ククラを守ろうとはしなかった。
ククラは衝動的に村の外に走って逃げる。
真っ暗だったがかまわなかった。
魔導なんて使わなければよかった。
そうすれば、誰にも嫌われなくて済んだのに。
そうすれば、故郷をなくさなくて済んだのに。
たとえ村が滅び、全員が死んだとしても。
境界の森を、ただ走った。
何処をどう走ったかさえ覚えていない。
ククラの小さな足が木の根につまずいた。
「うわ」
地面に転がる。
うつぶせに倒れた。土の臭いがする。
「…う…うえ…」
涙が溢れる。倒れたままククラは泣きだした。辺りには誰もいない。
みんなと一緒に売られればよかった。
こんな力なんてなければ良いのに。
…いつかどこかで同じことを思っただろうか。
ククラは、そんな事を思う。
自分ではないような感覚。
力なんかいらない!
こんなモノがあるから!
そう思った記憶がどこかから湧いてくる。
それは誰に言ったのだろう。
「…あ、れ?」
此処は何処だろう?
僕は何でこんな所に居るんだろう?
記憶が交錯する。
此処で生まれた僕がいる。
だけど違う僕がいて。
記憶が混乱する。
この世界は知っている。
だけど別の世界も知っていて。
頭が痛い、吐き気もする。眼がグルグルと回りだす。
空も大地も分からない。
身体の中を何かの力が縦横無尽に駆け巡る。
僕はこの感覚を知っている。
これは魔導の力。
これは言霊の力。
余りの苦しさに涙が出る。
ククラの手の上に、ぽたりと涙が落ちた。
その時、何かが分かった。
「…ああ。そうか。……僕は転生をしたんだ…」
ククラはよろよろと立ち上がる。
未だ心は痛いが、それを補える記憶があった。
とは言っても14年分だけど。
自分の手を見る。3歳ぐらいの小さな手。
見つめた小さい手に苦笑を浮かべる。
これではここで生き抜くのは大変そうだ。
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