歯科診療所の影

@jinno11

歯科診療所の影

本日の主人公

【杉山  40代 会社員】



杉山は小さい頃から歯医者が苦手だ。


どんなに小さな虫歯でも、恐怖のあまり足がすくむほどだった。


しかし、仕事のストレスや不摂生な生活習慣の影響で、

とうとうひどい歯痛に悩まされるようになってしまった。


ある日、耐えきれないほどの痛みに襲われた杉山は、

近所の歯科診療所を訪れることを決意した。


診療所の名前は


「北村歯科医院」。


古びたビルの一角にあり、薄暗い雰囲気が漂っていた。


看板も汚れ、長い間メンテナンスされていない様子だったが、

痛みに耐えかねた彼は迷うことなくその扉を開けた。



中に入ると、待合室には誰もいなかった。


受付の女性も見当たらない。


だが、杉山が扉を閉めた瞬間、どこからともなく白衣を着た初老の男性が現れた。


彼は無言で杉山を診察室に案内した。


「北村先生ですか?」


そう尋ねると、彼は静かに頷くだけだった。


その眼差しはどこか冷たく、感情が読めなかった。


診察台に座ると、北村先生は早速治療を始めた。

手際は確かだったが、何か違和感があった。



麻酔もせずに歯を削り始めたのだ。



痛みで声を上げる杉山に、北村先生は「痛みは一瞬だ」と冷静に言い放った。


治療が終わり、杉山はふらふらと待合室に戻った。


だが、その時、ふと目に留まったのは、古いアルバムだった。


棚の上に置かれていたそれを手に取ると、

中には過去の患者たちの写真が並んでいた。


だが、どの写真にも同じ特徴があった。




皆、苦痛に歪んだ表情を浮かべていたのだ。




さらにページをめくると、最後には一枚の新聞記事が貼られていた。

それは30年前のものだった。


記事には「北村歯科医院の院長が失踪」という見出しがあり、

内容には院長の北村先生が謎の失踪を遂げたことが書かれていた。


しかし、彼は確かにここにいる。


恐怖を感じた杉山は、すぐに診療所を後にした。


家に帰ると、すぐにインターネットで「北村歯科医院」を検索した。


しかし、どのページにも診療所の情報はなく、

代わりに北村先生が亡くなったという記事がいくつも見つかった。


彼が失踪した数日後、遺体で発見されたのだ。


翌日、杉山は再び歯痛に苦しむことになるが、

どうしても別の歯医者に行く勇気が出なかった。


そして、彼は再び「北村歯科医院」の扉を叩いた。


中に入ると、待合室は以前と変わらず無人で、

北村先生が静かに現れた。


「また来たね」


と、北村先生は微笑んだ。


その笑みはどこか不気味で、人間らしさが感じられなかった。


杉山はもう後戻りできないと悟り、再び診察台に座った。


治療が始まると同時に、彼は意識を失った。



目を覚ますと、杉山は暗い部屋に横たわっていた。


手足は拘束され、動けない。


部屋の隅には、無数の歯医者道具が並べられていた。


恐怖で心臓がバクバクと音を立てる中、

北村先生がゆっくりと近づいてきた。


「痛みは一瞬だと言っただろう?」


北村先生の声が響く。


そして、彼の手に握られていたのは、錆びついたドリルだった。


それから何日も、杉山はその部屋で意識を失ったり戻ったりを繰り返した。


彼の歯は次々と抜かれ、その度に北村先生の冷たい声が耳元で囁いた。


「君も、ここに永遠に留まるんだよ。」


ある日、ふと意識を取り戻した杉山は、自由になっていることに気づいた。



部屋には誰もいない。



彼は必死に起き上がり、逃げ出そうとした。


だが、扉を開けた先には、また同じ待合室が広がっていた。


そして、彼の目の前に再び北村先生が立っていた。


「ようこそ、また診察の時間だ。」




それ以来、杉山の姿を見た者はいない。



彼の名前も、

北村歯科医院のアルバムに新たな一枚として加えられた。


苦痛に歪んだその表情は、永遠に消えることはない。

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