閑話:絵麻、初めての異世界

「こんな所からどこへ行くの?」


 薄暗い小屋の中に、10歳の絵麻を抱えて入るアラン。

 朝早くから、アランたちは異世界へ転移するために、転移用の小屋にやってきていた。手荷物は大きなボストンバッグ一つだけ。

 

「ココカラ、ジイチャンチニイクンダヨ」

「どうやって?」

「マァ、ミテナサイ。ユミー、マリア、リュウチャン。イッテクル」

「アラン、無理だけはさせないでね」

「お父さん、本当に気を付けてよ」

「……お気をつけて」


 妻の裕美子と娘の麻理亜は心配そうな顔をしているし、最後に声をかけた、絵麻の父親の山中龍やまなかりゅうも、真っ青な顔で麻理亜の手を握っている。

 裕美子と麻理亜も、そして婿養子の龍も、一度だけ異世界に行ったことがある。

 しかし、三人ともが、転移してしばらくすると怠くなって、動くのが億劫になってしまった。それに、生活必需品の魔道具も魔力がないために使えなくて、転移した翌日には戻ってしまったのだ。

 特に龍は、裕美子と麻理亜よりも症状が酷くて、半日と持たずに戻るはめになった。

 その体験があるからこそ、龍は娘の絵麻も同じような体験をするのではないかと、心配で心配で仕方がないのだ。

 ちなみに、翔は裕美子の背中で眠っている。 


「ナニゴトモナケレバ、オソクテモ、イツカ五日デモドッテクル」

「何かあったら、すぐに帰ってきてね」

「ワカッテル」


 アランは裕美子の額にキスをすると、転移用の魔法陣の上に立ち、転移用の呪文を唱えた。




 真っ白な光が消えたところで、絵麻はびっくりした顔で固まっている。

 そこに、部屋のドアが開き、ブラウニー屋敷妖精のロイドが現れる。


『お帰りなさいませ』

「ああ、帰った……絵麻、どうだ。気分は悪くないか」


 アランは腕に抱えている絵麻に声をかける。


「うん、大丈夫だけど……あれ? じいちゃん?」

「ああ、そうだ。じいちゃんだぞ」


 黒髪に金色の目な上に、ぐっと若返ったアランに抱えられていることに、びっくりする。


「じいちゃん、髪の色と目の色が違う……皺もない?」

「ああ、そうだな。でも、絵麻も髪の色と目の色が違うぞ」

「えっ!」


 アランの言葉に、再び驚く。

 絵麻は、栗色の癖毛の肩までの髪と焦げ茶の目をしていたのだが、今はアランと同じ黒髪に金色の目に変わっている。


 ――この子はこちら異世界でも、大丈夫そうだ。


 絵麻を床に下ろし、ロイドに大きなボストンバッグを預けると、一緒に部屋を出た。




 それからの五日間は、瞬く間に過ぎていく。

 屋敷の探検や、村への訪問、そして、今回の一番の目的であった絵麻の『神の祝福』を受けるために、オーグレン辺境伯領に向かったり。

 一番の驚きは、『神の祝福』で得られた称号が、アランと同じ、『大魔導士』だったことだ。

 アランと同じ、髪と目の色を持っていたから、魔術に特化した称号になるだろうとは予想していたが、まさか自分と同じ称号になるとは思ってもいなかった。

 おかげで、アランの親友でもある前オーグレン辺境伯からは、彼の孫との婚約まで打診されるはめになった。

 こちら異世界の貴族であれば、普通にある話ではあるが、あちら日本の常識もあるアランにとっては、受け入れられない話。絵麻に話すまでもなく、アランは断ってしまった。


「ねぇ、じいちゃん。これで、私も魔法が使えるの?」


 帰りの馬車に揺られながら、絵麻は前に座っているアランにキラキラした目を向ける。

 彼らの乗っている馬車は、アラン渾身の力作。揺れを抑えて、軽さを重視した6人乗りの大きな馬車だ。

 その中にいるのは、アランと絵麻の二人だけ。


「そうだな。屋敷に帰ったら、一緒に勉強してみようか」

「やった!」


 ワクワクした顔の絵麻は馬車のドアの窓にはりついて、外の景色を見ている。


『アラン』


 馬車の中は、アランと絵麻以外に人はいないはずなのだが、実は、アランと同じくらいの身長の4人の精霊王たちが座っているせいで、ギュウギュウ詰めになっている。

 それが見えているのは、アランだけ。窮屈に感じるのもアランだけだ。


『アランってばぁ』


 アランの腕に縋っているのは、赤くて豊かな長い髪の火の精霊王のフィアラ。


『フィアラ、エマがいるんだ。返事など、できまい』

『もう、こんな子なんて、どうでもいいじゃない』

『お前、アランに切られるぞ』


 絵麻の隣に座っている水色のスポーツ刈りをした水の精霊王のウォダが、火の精霊王のフィアラを睨みつける。


『そうよ。エマちゃんのことを粗末に扱うなんて……消えたいの?』


 おっとりとした声で、怖いことを言っているのは、フィアラ火の精霊王の反対側、同じくアランの隣に座っている濃いブラウンの肩までのストレートボブの土の精霊王のティーラだ。


『そうだよ。こんなに可愛い子なのに』


 ウォダ水の精霊王の隣に座っている、緑色の巻き毛の短い髪をした風の精霊王のゲーラが呆れたように言う。


『私はアランだけがいればいいのぉ』

『あんまり、我儘をいうと、光と闇が出てくるよ』


 ジロリとフィアラ火の精霊王を睨むウォダ水の精霊王の言葉に、アランは目を大きく見開いた。


『ああ、アランには伝えておくよ。エマは、光と闇にも気に入られているんだ。奴らは、ほとんど顕現しないけどね』

『大事にしなよ~』


 ゲーラ風の精霊王ののんびりした声に、アランは小さく笑みを浮かべて、微かに頷いたのであった。

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