第11話 私と翔ちゃんのヒラヒラな服

 クローゼットに並んだ、カラフルなドレス。赤、青、黄色という原色から、ピンクやペパーミントグリーンといった淡い色まで様々だ。触ってみると生地は艶々していて柔らかい。丁寧なレースやリボン、キラキラしたビーズのような物も縫い付けられている。

 普段着ているTシャツにハーフパンツとは、別次元だ。


 ――でも、着ていくところなんてないんだけどなぁ。


 じいちゃんが用意などするわけがなく、マリーさんが用意してくれたものだ。

 サイズは大丈夫なのか、と思ったら、さりげなく魔法陣が縫い付けられてて、身体にピッタリになるらしい。

 去年の夏も同じように綺麗なドレスがクローゼットの中にはたくさんあったけど、この屋敷と、最寄りの村くらいしか出歩かなかったので、一度も着ることはなかった。

 マリーさんは何も言わずに、ニコニコしていたけれど、あちら日本に帰る時に少しだけ申し訳なく思ったのを覚えている。


 ただ、一度だけドレスを着たのは、初めてこちら異世界に来て、10歳の『神の祝福』を受けた時だ。

 じいちゃんに神殿へ連れて行ってもらおうとした時、あちら日本から持ってきた服ではカジュアル過ぎて、マリーさんからダメ出しをくらった。

 『大魔導士』のじいちゃん、実はこちら異世界では貴族の端くれらしい。

 元々、子爵家の末っ子だったのが、『黒死の大鷲』という二つ名で呼ばれるようになった戦いの報奨で、魔法伯という爵位を貰っている。

 そんな貴族のじいちゃんの孫である私が、Tシャツ生地のワンピースにレギンスにスニーカーなんて格好ででかけようとしたのだ。

 じいちゃんは気にしてなかったけど、マリーさんは許してくれなかった(遠い目)。

 その時に着たのは、ピンクのヒラヒラのドレスだったのは覚えている。

 そういえば、それを後で聞いたばあちゃんとお母さんが「なんでカメラで撮ってこなかったのよ!」と、じいちゃんが詰められていたっけ。

 今年は、私のスマホがあるので、翔ちゃんの画像はしっかり撮るつもりだ。そういえば、ファンタジー大好きのヒナちゃんにも、このドレスを撮って送らなくては。着ている姿は恥ずかしくて無理だけど。

 私は気を取り直して、クローゼットの中に目を向ける。

 ハンガーは私にはちょっと高いところに下がっていたので、椅子を持ってきてその上にのって、Tシャツやポロシャツをかけていく。念のためにと持ってきた水色のワンピースは、皺皺になってしまっている。

 綺麗なドレスと並べると、すごくみすぼらしく感じるのが、とても悔しい。


「はぁ……これ、マリーさんにお願いすれば、皺をとってくれるかな」


 そんなタイミングで、翔ちゃんが私の部屋のドアをいきなり開けて入ってきた。


「姉ちゃん! すげー!」


 目をキラキラさせた翔ちゃん。


 ――翔ちゃんは、他の言葉を知らないんだろうか。


 そう思うくらい『すげー』しか言わない翔ちゃんに呆れる私。

 しかし、翔ちゃんが興奮する気持ちはわかる。私たちが案内された部屋は、あちら日本のベッドと勉強机でいっぱいになってしまう私たちの部屋と比べても、三倍くらい広いのだ。

 そもそもベッドの大きさも全然違う。よっぽど寝相が悪くないかぎり、落ちそうもないくらい大きいのだ。


「荷物は出し終わったの?」

「あ!」


 慌てて、自分の部屋に戻っていく翔ちゃん。

 私も残りの荷物を整理すると、ばあちゃんに持たされた弁当を手に部屋を出る。向かい側の、ドアが開きっぱなしの翔ちゃんの部屋をのぞく。


「翔ちゃん?」

「姉ちゃん、あれは何!」


 部屋の奥から聞こえた翔ちゃんの声に、部屋の中に入る。

 翔ちゃんの部屋の大きな窓からは、コの字の建物に囲まれた中庭が見え、そこには5階建ての円塔が見える。


「あれは、じいちゃんの研究室があるところ」

「すげー」


 窓にへばりついている翔ちゃんをよそに、グリーンのリュックの中身を取り出していく。私のリュックと違い、お弁当は入っていない。着替えの他に、夏休みの宿題用の勉強道具が入っているからだ。


「翔ちゃん、着替えはここに入れておくよ」


 そう言って、クローゼットを開けると、ここにもキラキラ、ヒラヒラした服が下がっていた。


「うん、まぁ、そうだと思った」


 これを着た翔ちゃんの格好を想像する。ばあちゃんたちは喜ぶかもしれないけど、翔ちゃんはなぁ……。

 私の声に反応して、翔ちゃんが駆け寄ってきて、クローゼットの中を見て固まる。


「……え、まさか、着るの? アレ」


 私と同じようにしょっぱい顔になった翔ちゃんの肩を叩く。


「普段も着たければどうぞ。とりあえず、『神の祝福』を受けるときには必ず着るね」

「マジか」

「それよりも、じいちゃん、待たせてるから食堂行くよ」

「食堂!」


 私は持ってきた翔ちゃんの分の弁当を渡すと、さっさと部屋のドアを閉めて、二人で一階にある食堂に向かった。

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