第10話 こんにちは。ブラウニーさん(2)

 私たちはロイドさんの後をついて、階段を上っている。

 今までいた、転移の魔法陣の描かれていた部屋は、地下の倉庫の並びにあった一室で、私たちは一階へ向かう階段を上っているところだ。

 一段一段が、少し高いせいで、私だけではなく、ロイドさんも、翔ちゃんも、よっこいしょ、よっこしよと声をあげて、上っていく。

 ……じいちゃんは長い足のおかげで、楽々と上っていく。ちょっとムカつく。

 階段を上りきると、そこは廊下の突き当り。正面に長くワインレッドの絨毯が伸びている。

 その廊下を進んでいると、途中の角から、もう一人のブラウニー屋敷妖精が現れた。


『あらあらあら。アラン様、お帰りなさいませ』


 そう声をあげて、トトトッと駆け寄る彼女はブラウニー屋敷妖精のマリーさんだ。

 ロイドさんと同じくらい小さな体に黒いワンピースに白いエプロンをつけた中年の女性。浅黒い肌に、焦げ茶の髪を一つにまとめた、ぽっちゃりした顔をしている。


「マリーか。うむ、戻った」

『それにエマ様まで! お久しぶりでございますね』

「こんにちは! お久しぶりです!」

『それに、後ろは……』

「うむ、孫のショーだ」

「ど、どうも」

『まぁまぁまぁ! アラン様のお小さい頃にそっくりではありませんか!』


 その言葉に、私はじいちゃんと翔ちゃんを見比べる。もしかして、翔ちゃんも、じいちゃんくらい背が高くなるんだろうか、と思ってしまった。


『お食事はお済みですか?』

「ああ、一応、朝食は澄ませてきたが……」


くぅぅ~という軽いお腹の音がした。翔ちゃんだ。


「お腹空いた」

「あ、でも」


 私は赤いボストンバッグのファスナーを開けて、中から小さい風呂敷に包まれたお弁当を出してみせた。

 ばあちゃんが、朝食の他に、早くから用意してくれたお弁当だ。


『まぁまぁまぁ! もしや、ユミー様ですか?』


 マリーさんの目がキラキラと輝く。

 ばあちゃんとマリーさんは、一回しか会ったことはないのだけれど、ばあちゃんの趣味(アクセサリー作り)を通して、仲良しなのだ。


「そう! じいちゃんの分も入ってるよ!」

「おお、さすがユミー!」

「当然、ロイドさんたちにも、ばあちゃん作ってるからね」

『まぁまぁまぁ!』

『ありがとうございます』


 彼らはあまり食事をしない。基本、じいちゃんから渡される魔力で、十分だ。食事をすること自体、嗜好品のような扱いらしい。

 それでも、ばあちゃんのお弁当は格別らしく、ロイドさんも嬉しそうにしている。

 もう一つの風呂敷には、三人分の小さなタッパーのお弁当が入っている。中身はおにぎりに、ばあちゃんのお手製のたくあんと唐揚げだ。


「ボブさんの分もあるの。声をかけておいてね」


 ボブさんとは、二人と同じブラウニー屋敷妖精で、じいちゃんの庭師をやっているのだ。

 この屋敷には、ブラウニー屋敷妖精はロイドさん、マリーさん、ボブさんの三人しかいない。

 じいちゃんが、ほとんどあちら日本にいるから、彼らに管理を任せているのだ。


『わかりましたわ!』


 私がブラウニーたちのお弁当をマリーさんに渡すと、ホクホク顔でエプロンのポケットの中にしまいこんだ。


「えっ!?」


 また驚いた声をあげたのは翔ちゃん。

 そうだよね、そうだよね、と頷く私。私も初めて見た時は驚いたもの。


『ほほほ、これはアラン様が作って下さった『マジックバッグ』の変形したものなんですよ』

「『マジックバッグ』……じいちゃん、そんなの作れるのか!?」

「ああ」


 ニヤリと悪そうな顔で笑ったじいちゃん。


「すげー!」

「あははは、先に荷物を置いてきてから、飯にしようか」


 じいちゃんは大興奮の翔ちゃんの頭をポンとたたくと、大きなエントランスにあった階段を上り始めた。


「すげぇ……」


 学校の宿泊学習で泊った古いホテルみたいな階段に、翔ちゃんはポカンとしている。

 マリーさんがニコニコしながら、『客間にご案内しますね』と声をかけてきて、同じように階段を上り始めたので、私と翔ちゃんも後をおいかける。

 階段を上り切ると、じいちゃんは左手、私たちは右手に分かれる。


『エマ様のお部屋はこちら、ショー様は向かい側になります』


 マリーさんに案内された部屋の中に入る。

 去年も同じ部屋だったので、少し懐かしい。

 大きな窓に臙脂のカーテン、壁紙はピンクベージュで落ち着いた雰囲気。行ったことはないけど、高級ホテルって、きっとこんな感じなんだろうな、と思う。

 足の細いソファに、ボストンバッグを置くと、天蓋付きの大きなベッドに、ダイブする。


『フフフ、お荷物の片付けが終わりましたら、食堂でお待ちしてます』

「あ、はーい!」


 ワクワクしすぎて、マリーさんがいたのに、はしゃぎ過ぎだったようだ。

 マリーさんの姿が見えなくなった後、私は急いで荷物の整理をする。当然、一番はばあちゃんから渡されたお弁当だ。

 一週間ほどの滞在予定なので、着替えなどは多くは入っていないから、ボストンバッグの半分はお弁当になっているのだ。

 その少ない着替えを取り出し、クローゼットに入れようと戸を開けた。


「うわぁぁ……」


 ……可愛らしいドレスがいっぱい下がっている。

 こんなの、どこに着ていくというのか、というようなぴらぴらしたカラフルなドレス。

 今の自分の格好と、見比べて、思わずしょっぱい顔になってしまった。 


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