第8話 いざ、転移!

 昨夜は、じいちゃんと翔ちゃんが釣った鮎を塩焼きにして食べた。他にも炊き込みご飯や、茹でたトウモロコシ、ナスの味噌汁を食べてお腹いっぱいになった。

 それなのに、朝起きてラジオ体操をじいちゃんたちとすると、お腹がすいているのはなぜなのだろう。


「はー、美味しいー!」


 ばあちゃんが炊くご飯は、土鍋のご飯だからなのか、甘味が違う。粒の大きめな納豆と一緒に食べる。ばあちゃんが漬けた青菜の漬物も美味しい。贅沢に目玉焼きは2個だ。

 翔ちゃんは元々納豆は得意じゃないのだけれど、この家で出される納豆は食べられるというのだから不思議だ。

 食事を終えて、出かける準備をする。

 私と翔ちゃんは似たような格好をしている。二人ともダークグリーンのハーフパンツに、Tシャツは色違い。私はオレンジ色、翔ちゃんは水色。

 お揃いの白い猫のロゴマークがついている黒キャップに、白いスニーカー。

 二人並ぶと、双子のようだ。


「アラン、荷物を忘れないで」

「ワスレナイヨ!」


 私一人が入れそうな、大きくて使い古されたスーツケースに抱きついているじいちゃんの姿に、皆で笑ってしまった。

 そんなじいちゃんは、たっぷりした水色のポロシャツにジーパンを着ている。


「シッカシ、オモイナ」


 じいちゃんはゴロゴロとスーツケースを押しながら、家の裏手にある小道を進んでいく。未舗装なので、スーツケースの下の方は埃塗れだし、傷だらけだ。

 私も翔ちゃんも、それぞれボストンバッグを持って、後をついていく。

 小道の脇は、昨日、じいちゃんたちが魚釣りをした小川が流れている。最近、雨が降っていないせいで水量は少ないらしい。

 太陽はすっかり上りきって、蝉の鳴き声が響きまくっている。

 

「手伝おうか」


 翔ちゃんがじいちゃんの後ろから声をかけるが、「ダイジョウブ」とニカッと笑う。

 家から休み休み歩くこと、30分。 

 さすがにじいちゃん一人に任せるわけにもいかず、途中で、ばあちゃん、私、翔ちゃんと四人で交代しながら大きなスーツケースを運びきった。

 あまり広くはないが開けた場所に、古びた木造の物置のような建物があった。周囲は背の高い針葉樹に囲まれて、ほとんど日はさしてこないので、少し薄暗い。


「フー、ツイタ、ツイタ。ンンー!」


 最後のスーツケース担当だったじいちゃんがそう呟きながら、腰を伸ばす。


「ここ?」


 キョロキョロと周囲を見回しながら、不思議そうな声をあげたのは翔ちゃん。

 私も最初はそう思った。こんな物置小屋から、異世界のじいちゃんに行けるのかって。


「ドアヲアケルゾ」


 建物の中は埃っぽいかと思いきや、そんなことはなかったが、閉め切っていたせいか、少し空気が熱い。

 窓もない、8畳くらいの広さの小屋の中は、物置小屋の印象通り、木箱がいくつか重ねられていた。その床の中央には、黒いペンキで転移の魔法陣が描かれている。

 二重の円の間に異世界の文字が細かく書かれている。そして中央には、五芒星のようなマークと、その中に、やっぱり異世界の文字が円を描くように書かれている。

 異世界の文字だから、何と書いてあるのかは、さっぱりわからない。ただの綺麗な紋様にしか見えないのだ。


「あれが、魔法陣?」


 ワクワクした目で、じいちゃんを見上げる翔ちゃん。


「アア、ソウダ。マズハニモツヲオイテ」


 じいちゃんの言うとおりに、重いスーツケースを押して、魔法陣の真ん中に移動させる。大きなスーツケースのせいで、中央の五芒星は完全に隠れてしまう。


「サァ、エマト、ショーモ、コチラニ」

「はい」

「うん」


 じいちゃんを真ん中にして、私はじいちゃんの左手、翔ちゃんは右手をギュッと握る。


「ユミー、モドリハ、イッシュウカンゴデヨカッタナ?」

「ええ。龍さんと麻理亜が、その頃には来る予定なの。忘れずにね」

「アア。リュウクンニアウノモ、ヒサシブリダカラナ」


 将棋好きのお父さんが、唯一相手をしてもらえるのがじいちゃん。私も翔ちゃんもやらないから、じいちゃんと会うのが楽しみなのだ。それはじいちゃんも同じのようだ。


「コンカイハ、ショーノ『カミノシュクフク神の祝福』ガ、ブジニスメバ、スグニモドルヨ」

「そう言って、絵麻の時は、すぐに戻れなかったじゃない」


 ばあちゃんが呆れたように言うのには理由がある。

 私が『神の祝福』を受けた10歳の夏休みの時はトラブル続出で、1週間の予定が、夏休みが終わるギリギリまで戻ってこれなかったからだ。


「コ、コンカイハダイジョウブ(ナハズダ)」

「なんですって?」


 ばあちゃんの剣幕に、じいちゃんもたじたじだ。


「ウ、ウン、オソクナルマエニ、アチラニイクカ。ナ?」

「ばあちゃん、大丈夫。私がいる」

「……そうね。じいちゃんよりは常識があるからね」

「ユミー!」

「さぁ、いってらっしゃい!」

「ハァ……ウム、イッテクル」


 にっこり笑ったばあちゃんの言葉に、じいちゃんはため息をついてから、気合をいれた。


「『〇%$@#、*#◇(異なる印の元へ、転移)』」


 じいちゃんが難しい発音で呪文を唱えると、転移の魔法陣から真っ白な光が吹き出し、私は目をギュッとつぶった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る