第7話 山の上の一軒家
朝ごはんをしっかり食べて集落の家を出たのは午前9時頃。空は真っ青でいい天気。
ばあちゃんの車で山道を登っていくのに1時間ちょっとかかった。
途中、前に乗っていた白い軽自動車が壊れるキッカケになった事故現場を通って、おおー、と声をあげたり、山の斜面が削れて道幅が狭くなっている道を通って、かなり怖い思いをした。安全運転で走ったから時間がかかってしまったけれど、通常だったら30分くらいで着くところだ。
途中、かつての集落の跡地や、空き家になっている家を見ながら、細いガタガタ道を登り切った、ぽっかりと開けた場所にようやく見えてきた一軒家。
ここが、麓に引っ越してくる前のばあちゃんの実家だ。
周囲は大きな木々に囲まれているものの、いい天気のおかげでスポットライトのように家に日差しが燦燦と降り注いでいる。
キラキラ輝く紺色の瓦葺の屋根の平屋の家。そして家の前の一段下がったところに、畑が広がっていて、色んな野菜が育てられている。
平屋の中央の引き戸のドアが勢いよく開いた。
出てきたのは、じいちゃんだ。
少し猫背だけれどスラリとした長身に、肩のあたりで切り揃えた白髪は、日の光のせいで銀色に見える。若い頃に比べると少し痩せているせいもあって、目つきと鷲鼻がもう少し鋭い印象だ。これで黒いマントを着ていたら、ドラキュラ伯爵みたいかも、と思ってしまう。
実際にはTシャツにチノパンを履いた今風な格好のじいちゃんで、カッコいい。
自慢のじいちゃんだ。
そのじいちゃん、ばあちゃんの車だと分かっているせいか、鋭い目もデレーンとだらしなく垂れている。
「ユミー!」
じいちゃんが満面の笑みで嬉しそうに止まった車に駆け寄ってくる。運転席のばあちゃんも呆れている。
「エマモ、ショーモ、ヨクキタナ」
「じいちゃん!」
翔ちゃんが車から飛び降りて、じいちゃんに抱きついた。
「オット、オオキクナッタナ!」
「もうすぐで、姉ちゃんよりも大きくなるよ!」
「翔ちゃん!」
翔ちゃんのいう通り、確かに今は同じくらいの身長だから、少しムカつく。
じいちゃんは車から、色んな荷物を降ろしていく。
この中には、山の集落の家のご近所さんの坂田さんが、じいちゃんに渡してくれと昨日受け取った日本酒も預かってきている。坂田さんはじいちゃんの飲み友達らしい。
「ホウ、『
「きっと、アランなら食べたがると思って」
ばあちゃんが昨夜のうちに作ってたのは、大きなタッパーに入っている夏野菜がたっぷりの『だし』。
「アア、コレハワタシノダイコウブツ!」
そう言ってばあちゃんの頬にキスをするじいちゃん。
ばあちゃんは慣れてるのかもしれないが、私と翔ちゃんは見慣れないので、こっちのほうが照れくさい。
他にも色んな物が入ったスーパーのビニール袋を、私や翔ちゃんも手伝って、家の中へと運んでいく。
「まぁ、アラン。トウモロコシも収穫してくれたのね」
「ソロソロ、シュウカクジキダトオモッテネ」
「ありがとう! 気になってたのよ」
台所のテーブルの上には、大きな笊に山盛りのトウモロコシ。他にもトマトやキュウリなどの夏野菜ものっている。
いちゃいちゃしている祖父母をよそに、大きな仏壇のある和室のほうへ、翔ちゃんと一緒に行く。黒々とした大きな仏壇の前に、二人で正座して、お線香をあげる。
ここには、おばあちゃんの両親、私たちのひいじいちゃんとひいばあちゃんの遺影が飾られている。他にも知らないご先祖様たちの遺影や姿絵があって、この山で何代も続いていたんだなぁ、と思った。
特にひいじいちゃんの写真は、不機嫌そうな顔でちょっと怖かったりする。
少し早めのお昼にそうめんを食べおえると、じいちゃんと翔ちゃんは家の裏手を流れる川に魚釣りに行ってしまった。
「まったく、明日は早くに行くんでしょうに」
ばあちゃんは、そう言いながら呆れている。
私とばあちゃんは、異世界のじいちゃん家に持っていく荷物の準備をする。
あちらの親戚や、じいちゃんの知り合いに渡すお土産を大きなスーツケースに詰め込んでいく。日本酒に洋酒が何本かと、地元の銘菓。ふんわりしたカステラ生地に中はクリームや白あんなどが入っている。これが意外にも毎回喜ばれている。
その他に米が10キロ。米は、あちらで私たちが食べるためだ。
「まぁ、行っても1週間だし、残るかもしれないけどね」
1週間後には、お父さんとお母さんが夏休みをとって、ばあちゃんの家に来てくれる。
ちなみに、今回異世界に行くのは、じいちゃんの他には私と翔ちゃんだけだ。ばあちゃんもお母さんも、お父さんも行かない。
過去には、ばあちゃんもお母さんも行ったことがあるんだけど、二人には魔力がないせいか、生活するのに不便らしい。
ばあちゃんに魔力がないのは、こちらの人間だからだけど、お母さんはじいちゃんの子供なのに、魔力がないことがわかったのは、10歳の『神の祝福』を受けにあちらに渡った時にわかったらしい。
そして、生活の不便以上に、二人とも、異世界の魔素というのが身体に合わなかったそうだ。
だから、
「翔ちゃんも大丈夫だといいんだけどねぇ」
少し心配そうに言いながら、ばあちゃんは新しいバスタオルを詰め込んでいく。これも異世界で配るお土産だ。
「きっと大丈夫だよ」
私が10歳の時は、まったく問題がなかった。
翔ちゃんがダメなわけがない、と、根拠のない確信を持って、ばあちゃんの言葉に返事をした。
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