閑話 アランとユミーの出会い(2)
中学2年の裕美子は、卓球部の部活からの帰り道だった。
紺色のセーラー服にジャージのズボンを穿いて、上り坂を自転車をえっちらおっちら押しながら上っている。ショートカットの髪は、少し冷たくなった風が撫でていく。
「はぁ、はぁ、はぁ」
自転車を押している裕美子の額には、しっとりと汗が滲んでいる。
もうすぐ市の新人戦が近い。そのために、いつもより長めの練習だったせいで、少しお疲れ気味だ。
すでに空は茜色に染まり、早く帰らないと家までの山道は真っ暗になる。
麓にある村にある中学校までは、自転車で行きは40分ほど、帰りは1時間弱。いい運動になるとはいえ、かなりハードだ。
ドンッ
「えっ!?」
凄い音に、裕美子の足は止まった。
空は雲一つない状態なのに、まるで雷が落ちたような音が聞こえ、山の斜面が一瞬激しく光ったのが見えた。
「何か落ちたのかな」
裕美子の頭に浮かんだのは隕石。少し前に、ニュースで田んぼの真ん中に隕石が落ちたというのを見た覚えがあったのだ。
光が見えたのは、家の裏の山の斜面だった。隕石だったら、うちもニュースになるかも、と思うと、自転車を押していた足が早くなる。
家まではあと少し、というところで、何か聞こえた気がして、立ち止まる。
『……! …〇△! %#〇△!』
裕美子の耳に、微かに人の声が聞こえてきた気がした。しかし、何を言ってるのかまではわからない。
「え、まさか、人?」
隕石ではなく、セスナか、ハンググライダーでも落ちたんだろうか、と焦った。最近、近くの山にハンググライダーが出来る場所ができたらしい、と学校で友人たちが話していたのを思い出す。
しかし、煙はあがっていないし、こんな遅い時間にやるような物ではないはずと思った裕美子。
――それでも、あれは人の声だった。
そう思った裕美子は、山道を凄いスピードで自転車を押しながら駆け上がった。
汗だくになって帰ってきた裕美子が一番最初にしたのは、家にいた父親に、山のほうで、必死な感じの人の声が聞こえたことを伝えたことだった。
最初は、こんな山奥に来るような人などいない、聞き間違いじゃ、と言われたのだが、念のためと、無理にお願いしていたのだ。
「ただいまぁ」
父親ののんびりした声が聞こえてきた。
心配していた裕美子が玄関へと小走りで向かうと、母親から「走らないっ!」との声がかかる。
「お父さん、大丈夫だっ……た?」
母親の声を無視して向かうと、そこには疲れたような顔の父親と、背後に背の高い外人の若い男が立っていた。
父親はかなり小柄で、160センチあるかないかだが、その背後に立っている男は、父親よりも30センチは大きい。ちなみに、この家族の中で一番小さいのは裕美子で、138センチしかない。
それもただの外国人ではない。
見たこともないような美男子なのだ。しいて言うなら、古い洋画に出てくる美男子レベル。黒いローブを羽織っている姿など、まるでドラキュラ伯爵のようだ。
一瞬固まった裕美子だったが、片手をあげて「ハ、ハロー」と、なけなしの英語力で、挨拶をしてみたが、相手には首をかしげられてしまった。
――つ、通じてない!
裕美子は英語がわかって貰えなかったことに気付いて、顔が真っ赤になる。
男は男で、小さな子供を相手にするような、優しい笑みを浮かべるものだから、余計に恥ずかしくなる。
そんな裕美子の様子を完全にスルーした父親。
「あー、裕美子、母さんは」
「はいはい、何もなかった……って、誰、その人」
前掛けで手を拭いながら現れた母親も驚いて、固まる。
裕美子より少し大きな母親から見ても、若い男は十分に大きいのだ。
「わからん。なんでか山の斜面を下っていたんで、道のほうに引き上げたんだが」
父親も若い男を見上げて、ため息をつく。
「どうにも言葉が通じなくてなぁ。とりあえず、うちに連れてきた」
「まぁまぁまぁ、泥だらけじゃないの。さぁ、どうぞ、あがって、あがって」
今まで見たことのないくらいの美男子のせいで、母親は頬を染めながら、家に上がるように促してくる。
男は男で、家の中の様子に興味津々のようで、不思議そうに見回している。
――こんな近くで外人なんて初めて見た。
それも、とびきりの美男子だ。背の低い父親と並んだら、まさに月とスッポン。
「ああ、靴脱いで、靴!」
母親の大きな声で我に返った裕美子は、靴を脱がせようとしている母親の姿を見た後、玄関に下げられていた鏡に映った自分の様子に、気が付いた。
アニメキャラクターの描かれたピンクのトレーナーに、中学のジャージを穿いている自分の姿に、急に恥ずかしくなって、慌てて自分の部屋に駆け込んだのであった。
これがエマとショーの祖父母、アラン・モンテールと山中裕美子の出会いである。
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