閑話 アランとユミーの出会い(1)
『大魔導師』であり『黒死の大鷲』の二つ名を持つアラン・モンテール。24才。
モンテール子爵の後妻の子供(次男)として生まれたが、父親とあまり似ていない彼は、不義の子供として幼い頃から疎まれていた。
しかし、彼の持つ『大魔導師』という称号と、特出した魔法の能力により、早くから国の魔道省に見いだされた結果、十代の半ばで、隣国との長い戦争を終わらせたのだ。
その時に付けられた二つ名が『黒死の大鷲』だ。
「……ふぅ」
黒いローブを羽織り、指にはいくつもの指輪をはめ、真剣な顔で筆を走らせる。
アランは、自分の屋敷の地下室で光と闇の魔石を使ったインクで、大きな魔法陣を描いている。
この屋敷は、父親であるモンテール子爵から譲られた子爵領の端にあるオーキ村の、そのまた端、『魔の大森林』の浅い森の中に建てられている。
まだ十代になる前、母親と離れ離れにされた上に、たった一人で住まわされたボロ屋敷だった。譲られた、と言えば聞こえはいいが、実際は追放に近いものだった。
「あとは『転移』する先を指定するだけだが……」
この世界では、国内外への長距離移動をするための魔法陣が存在している。
彼が研究しているのは、ただの転移ではない。異なる世界へと移動できるものを目指している。
そのキッカケとなったのは、とある国で『聖女』が降臨した、という噂がアランの国にも伝わったことだ。
『聖女』は、どの国にも一人か二人、存在している。ほとんどは教会に属しているものだ。
しかし、その『聖女』は異世界からやってきたのだという。
異なる世界の存在は、今までにも昔話として耳にしてきたが、まさか、アランは自分の生きている時代に、そのような噂話を聞くことになるとは思ってもいなかった。
――実際に異世界から来る者がいるのなら、こちらからも渡ることが出来るのでは。
そう思い、こうして日々、自分の屋敷で魔法の研究を続けていたのだ。
「よし、魔法陣に魔力を通して……」
アランの手から、青白い光の線が魔法陣を照らすと、描かれた線が徐々に光を発し始める。
ドンドンッ
地下の部屋のドアを叩く音がしたが、アランは魔力を通すことに集中していて聞こえていない。
『アラン様』
屋敷妖精のロイドが、ドアの向こう側から声をかけているが、これも聞こえない。
『開けますよ……アラン様っ!?』
ロイドがドアを開けたのと同時に、部屋は白い光に包まれ、あまりの光の強さに、ロイドは目を閉じた。
再び、目を開けた時には、その場にアランの姿はなくなっていた。
ドサッ
2メートルほどの空中から突然現れたアランは、バランスを崩して、そのまま地面に落下した。
「あ、痛っ!」
夕日が山に隠れて、空は茜色に染まっている。アランは山の中に転移していた。
黒いローブについた土の汚れを手で払い、腰をさすりながら立ち上がる。周囲は木々に囲まれ、人の気配はない。
「まいったな……転移は上手く行ったのか?」
目にしている木々や足元の草は、見慣れたものと大差はない気がする。
「植生の感じだと、西のフォーゲル王国のものと似ている気がするが。やはり、失敗したか……『フライ』」
アランは周辺を確認するために体を浮かばせる魔法を唱えたが、魔法は発動しなかった。
「……ん?『フライ』」
もう一度、今度ははっきりとした声で唱えたが、ピクリとも体が浮かない。
「『フライ』! 『フライ』! 『フライ』!」
最後には叫ぶように唱えたが、結局、魔法は発動しなかった。
「どういうことだ!」
慌てて体の中の魔力の流れを感じ取ろうと、意識を集中していて気が付いた。
――魔力の量が少なすぎる。
今までは自分の体の形に合わせて満ち溢れていた魔力が、今は細い線のように流れているだけだ。体の奥、魔力の器を意識すると、ほとんど空っぽなのがわかる。
「まさか……『ライト』……やはりダメか」
灯りの魔法を唱えたが、当然、発動すらしなかった。こうなると、魔力が戻るまでは何も出来ない。
――くそっ。仕方ない。まずは、この山を降りるしかないか。
魔力がないせいで、周囲の魔物の気配を探知することもできない。今、腰に差しているのは、魔力をコントロールするための補助用の杖だけ。
――願わくば、魔物と遭遇しませんように。
厳しい顔をしたアランは、木々の間をゆっくりと歩いて行く。
すでに日が落ち、これ以上は進めない、と思った時。
『おーい』
どこからか男の声が聞こえてきた。
『誰かいるのかー』
声はアランがいるところよりも、少し上から聞こえてくる。しかし、何を言っているのかまではわからない。
――フォーゲル語ではない。ここは、フォーゲルじゃないのか!?
共通語の他、周辺国の言葉は全てマスターしていたアランですら聞いたことのない言語に、予想外すぎて混乱する。
それでもアランは、人がいそうな方向へと顔を向けた時、強い光が向けられた。
「うっ!」
光の強さに、思わず右手で顔を隠す。
『お、いた。裕美子の言った通りだったな。おい、あんた、なんだって、そんなところに……って、おいおいおい、外人さんじゃないか』
早口に語られる言葉に、アランも困惑しながら、光を当てている男のほうに目を向けた。
長めのスポーツ刈りの平面的な顔立ちの中年男性が、驚いた顔で上のほうから覗きこんでいた。
――見たことのない人種だ。
驚くアランをよそに、中年男性は、迷いなく腰にしていた長いロープを近場の木に巻きつけている。
『言葉通じねぇかな。カーッ、こういう時に英語がつかえりゃあよかったのかもしれねぇが、今更だぁ』
ぶつぶつ言いながら、男は自分にもロープを巻きつけると、上からゆっくりと降りてきた。
『ほら、あんた、こんな山奥でぇ、死にたくはないだろう? さっさと上の道に、戻るんだ』
男の真剣な表情と、アランへと伸ばされた手に目を向ける。男の手は、ガッシリとした働く男の手をしていた。
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