第5話 お母さんの実家到着

 途中、ばあちゃんの言っていた蕎麦屋に立ち寄り、遅めのお昼を食べた。

 蕎麦屋は、こんな山の中なのに意外に混んでいた。なんでも有名な蕎麦屋で修行した人が、最近地元にもどってきて開いた蕎麦屋らしい。

 蕎麦を運んできてくれてたおばちゃんが店主の奥さんらしく、お母さんの中学時代の同級生だったのには、びっくりだった。

 その上聞くところによると、なんとばあちゃん、週末の昼だけ、ここで接客のアルバイトをしているらしい。

 今も十分混んでると思ったのに、週末のほうが混み合ってるらしい。そんな中でばあちゃんが接客をやっている姿は、まったく想像がつかない。

 その蕎麦屋を出てから10分ほど山の中を走ると、少し大きな集落に到着した。


「さぁて、着いた、着いた」


 山の集落の中にある古びた平屋の建物の前に、ばあちゃんは車を停めた。

 ここが、今のお母さんの実家の家だ。

 外に出ると日差しがジリジリと肌を焼く感じ。私たちはさっさと家の中に自分たちの荷物を運び込む。


「暑い~」


 閉め切っていたせいもあって、家の中はむわっとしていた。


「エアコンいれるわね……それと冷蔵庫に、麦茶入ってるから」

「はーい」


 ばあちゃんはそのままどこかに行ってしまったので、私たちは一番奥の和室に、荷物をおろした。毎年家族で来ると、必ず泊まる6畳ほどの部屋だ。

 その隣の同じくらいの広さの和室には、小さな仏壇が置かれている。一応、山のほうの家にはもっと大きな仏壇と、家の近くに一族のお墓があったりする。きっとお父さんたちが来たらお墓参りに行くだろう。

 私は翔ちゃんと一緒にお線香をあげると、大きなテレビの置いてある和室へと向かう。その脇には台所があるので、冷蔵庫から麦茶の入ったボトルを取り出す。翔ちゃんが古い食器棚からグラスを2つとってくれたので、それに麦茶を注ぐ。


「んは~! 冷たくて美味しい~」


 翔ちゃんが嬉しそうに声をあげたので、私も麦茶を飲んだ。

 麦茶を味わっていると、いつの間に外に出たのか、山のような洗濯物を抱えてばあちゃんが現われた。


「はー! 暑いわね! 洗濯物は乾いてるからありがたいけど!」


 ばさりとシャツやタオルの類が山のように積まれる。洗濯物からは熱気が感じられて、そばには行きたくない感じだ。そんな中、ばあちゃんは、洗濯物をパパッと畳んでいく。

 その間に、もう一つグラスを食器棚からとって麦茶をいれると、洗濯物を畳み終わったばあちゃんに渡す。


「ありがとね。はー、ほんと暑いわ」


 空になったグラスを黒光りする木製の座卓の上に置いたばあちゃん。


「山に行くにはもう時間が遅いから、今日はうちで一泊してから、明日、朝から行こうね」


 山の家に向かう道は途中からは街灯もなくなり、真っ暗な山道に変わる。その上、野生の生き物もいるから、飛び出してきて事故に会う確率も高い。熊も出てもおかしくないくらいの山奥に、家はあるのだ。


「わかった」

「それよりも、無事に着いたって、お父さんたちに連絡しなくていいの?」


 ばあちゃんからそういわれて、慌ててスマホを取り出す。

 表示されている時間は16時過ぎで、電話で連絡をいれるには微妙な時間。二人とも、まだ仕事の最中だろう。

 仕方がないので、両親に無事に着いたことと、麦茶を飲んでる翔ちゃんの画像を付けてメールした。

 夕飯の前に、お風呂に入った私たち。エアコンのおかげで、すぐに汗はひいてくれた。


「じいちゃんを迎えに行かなくていいの?」


 翔ちゃんが空になった自分のグラスに、麦茶を注ぎながらばあちゃんに聞く。


「うん、今日はあっちに泊るって」

「あっちって、『じいちゃん家』?」

「違うわよ。山の家のほう。絵麻たちが来るからって、じいちゃん張り切って、準備してるみたい。明日は朝早めに行こうか。二人とも、起きられる?」


 ばあちゃんに言われて、私は「頑張る」としか答えられない。翔ちゃんに至っては、私に「起こして」と言ってくる始末だ。

 ふと、窓の外を見るとすでに日が傾いていて、部屋の中に赤く染まった西日がさしている。


「そうだ。じいちゃんに電話してみようか」

「する!」


 ばあちゃんの言葉に元気に声をあげた翔ちゃん。ばあちゃんも嬉しそうにスマホで山の家の電話にかけた。じいちゃんは、なぜかスマホがすぐに壊れてしまうせいで持っていないのだ。

 ばあちゃんがスマホをスピーカーにしたおかげで、トゥルルルという発信音が聞こえてくる。


『ハイ』


 座卓の上に置かれたスマホから、低くて渋い男の人の声が聞こえてきた。


「アラン?」

『アア、ユミー?』


 アランとは、じいちゃんの名前、そしてユミーとは、じいちゃんがばあちゃんのことを呼ぶときに使う愛称だ。いきなり柔らかい声に変わって、甘々な雰囲気になる。

 二人は私たちがいても、かなりラブラブだ。

 電話越しであろうが、なかろうが、関係ないから、聞いてる私も翔ちゃんも、ちょっとだけ恥ずかしい。

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