第4話 ばあちゃんの車は犬の顔
くねくねと曲がる山道をスイスイと走っていく、犬の顔をしたダークグリーンの車。
一応、クリップタイプの消臭芳香剤は付いているけど、新車のにおいがまだ残っていて、酔いそうな気がしたので、窓を少しだけ開けた。
山の中を走っているおかげか、それほど熱気は入ってこない。
私たちは、いくつか山を越えたところにあるお母さんの実家に向かっている。数年前までは山奥のほうに家があったそうだ。周辺には家は残っておらず、実家だけがポツンと一軒残ってしまったらしい。
しかし、何かあったら大変だから、とお母さんたちの勧めもあって、今の集落にある家に引っ越してきたらしい。
そうは言っても、山奥の家には思い出もあるし、別に住めないわけでもないので、週に2,3日、じいちゃんとばあちゃんは白い軽自動車で通っていると聞いていた。
私は隣の運転席に座って、楽しそうに運転しているばあちゃんに目を向ける。
「ねぇ、ばあちゃん」
「なんだい?」
「この車は新しく買ったの?」
「ああ、そうだよ」
「これ、テレビのCMでよく見るヤツだよね」
「そうそう。犬のキャラクターの出てくるヤツね」
シートベルトをちゃんとしてる翔ちゃんが、後ろから大きな声で聞いてくるので、ばあちゃんも機嫌よく答えてくれる。
「けっこう高かったんじゃないの?」
「フフフ、そうねぇ」
私の中では新しい車ってだけで、高そうなイメージがあったのだ。
ちなみに、うちの車も軽自動車だけど、中古車だそうだ。実際、お父さんも車に拘りがないし、買い物に遠出する時くらいしか乗らない。お父さんもお母さんも免許を持ってはいるものの、職場が近いから徒歩や自転車での通勤なので、余計に車の必要性がなかったりする。
「そうそう、ハンズフリーとかいう機能があるから、荷物を載せるのも楽でいいのよ」
「えー、だったら先に言ってよ。僕、やってみたかった!」
「あっち着いたらやらせてもらえばいいじゃん」
ちぇーっ、と文句を言いながらも、翔ちゃんは大人しく座席に座りなおす。
「私、てっきり白い軽自動車で来るかと思ってたよ」
「ああ、あれね」
ばあちゃんが運転しながら、苦笑いを浮かべる。
白い軽自動車の助手席に大柄なじいちゃんが乗っている姿は、毎回笑ってしまう。特に、肩をすぼませるように身体を小さくして乗っているから、余計に面白かった。
新しい車はけっこう助手席も広い感じなので、これならじいちゃんも余裕かもしれない。
「実はちょっと前に、山に行く時にぶつけちまってねぇ」
「えええっ!?」
「ほら、ちょっと前に大雨があっただろう?」
どうもこの地域一帯で、大雨が降ったことがあったらしい。確か、線状降水帯とかいうやつだったか。低地のほうでは、水没したり、川が決壊したり、というのがあったそうだ。
その時、山の奥の家に向かう道で崩れたところがあったそうで、そこを通ろうとしたら、斜面からはみ出ていた大きな岩に掠ってしまい、見事に凹んでしまったそうだ。
「凹むくらいって、全然掠るって程度じゃないよね!?」
「あはは、そうね」
「笑い事じゃないよ?」
そんな事故があったという話は、お母さんからは聞いていない。絶対、ばあちゃんからは連絡が来ていないのだろう。
――お母さん、知ったら凄く怒りそう。
事故ったこともそうだけど、連絡してこなかったことが一番怒りそうだ。
「でもねぇ、凹むだけで普通に走らせることはできたのに、じいちゃんが、せっかくだから新しい車を買えっていうものだからさぁ」
「へぇ。じいちゃんが」
じいちゃんは免許を持っていない。
決して高齢になったから返納したわけではなく、元々、車を運転するのはばあちゃんだけだったのだ。
「それも、この車がいいって言いだしたの、じいちゃんなのよ」
「なんでまた」
「フフフ、なんかね。『じいちゃん家』で飼ってる犬に顔がそっくりなんだって」
「ブハッ!」
そう言われて、私は頭に浮かんだ犬の顔を思い出して、思わず吹き出した。
購入者のプレゼントで犬のキャラクターのぬいぐるみを貰ったらしく、じいちゃんのお気に入りになっているらしい。ブサカワなキャラクターなので、私も見るのが楽しみだ。
「確かに! 似てるかも!」
「えぇ? 絵麻は見たことあるの?」
「ばあちゃんのほうこそ、会ったことないの?」
「ないねぇ。ばあちゃんは、『じいちゃん家』には一回しか行ったことがないし。あんまり長い時間いられなかったからねぇ」
少しだけ寂しそうに答えるばあちゃん。
「じゃあ、姉ちゃんがスマホで画像撮ってくればいいよ!」
「そうだね。翔ちゃんも一緒に撮ろうか」
「うんっ!」
「今回は翔ちゃんが初めてあっちに行くんだねぇ」
「うん! すっげー、楽しみ!」
元気に声をあげる翔ちゃんに、ばあちゃんも笑みを浮かべた。
ばあちゃんが長い時間いられなかった場所。
そこは異世界にある『じいちゃん家』だ。
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