第3話 ばあちゃんの出迎え

 いつの間にか、電車の窓の外の風景は、民家も見えない山の中に変わっている。大きな木々がドンドン流れていって、ようやく目的の駅に辿りついた。

 降りた駅は、地元の駅よりももっとこじんまりとして、古びた建物が昔のアニメにでも出てきそうな感じだ。夜だったら、ぼんやりした電灯の下にでも妖怪が立っていそうだ。

 数人の乗客が降りて改札のほうに向かっていく。


「着いた~!」

「疲れた~」

「暑い~!」

「あっつい~!」


 私と翔ちゃんは、目の前にあったホームのベンチに座り込んだ。

 だらしないと言われようとも、思いっきり足を伸ばして、空を見上げる。線路にそって、真っ青な空が伸びている。

 新幹線に乗ってしばらくの間は携帯ゲームで遊んでいた翔ちゃんだったけれど、早朝に起きたこともあって、降りる頃には眠りこけていた。

 一方の私は、ちゃんと本を読みつつ、降りる駅の到着前にスマホのタイマーをセットしてたから、翔ちゃんを起こすことができたんだけれど、ただ翔ちゃんがなかなか起きなくて、危うく乗り過ごしてしまいそうになって、かなり焦った。


「もう、ばあちゃん来てるかな」

「どうだろうね。一応、時間通りに着いてはいるけど」


 私はスマホを取り出して、時間を確認する。そろそろ午後1時になるところ。新幹線でサンドイッチを食べただけなので、お昼ご飯がまだな私たちはお腹がペコペコだ。

 ばあちゃんが車の運転中だったら悪いので電話はせずに、とりあえず改札を出て駅前で待つことにした。

 駅前には古い商店が数軒と、蕎麦屋と古い喫茶店。蕎麦屋には家族で一度だけ入ったことはあるけれど、味の記憶はない。

 ロータリーを見ると、屋根付きのバス停が一カ所。そこに待っている人の姿はない。先程の乗客たちはすでにバスに乗って移動したのか、タクシーも停まっていなかったので、タクシーで移動したのかもしれない。

 当然、ばあちゃんの車もない。


「まだ来てないみたいだね」

「うん。あ、あそこのベンチで待とうか」

「うん」


 バス停にあったベンチに座る。屋根があるおかげで、直射日光を浴びないで済んでいる。

 重い荷物をベンチに置き、周囲を見回す。少し離れたところに古びた自動販売機を見つけたので、お財布を取り出して、そこに向かう。

 そんな私のほうを見ずに、すでに携帯ゲームをやり始めている翔ちゃん。


「翔ちゃんは何がいい?」

「ファ〇タ」

「何味」

「グレープ」


 お父さんが好きでよく飲んでるのを真似して、翔ちゃんもよく飲むようになったのだ。

 翔ちゃんのファ〇タグレープと私の麦茶のペットボトルを買うと、ベンチに戻る。ゲームに夢中な翔ちゃんの脇にファンタを置き、私は麦茶のキャップを開けて一口飲む。


「……んぐ、早く飲まないと温くなっちゃうよ」

「うん、もうちょっと」


 ――温いと甘ったるくなっちゃうのに。


 麦茶を飲みながら、視線はばあちゃんの車が来ないか、私はロータリーに繋がっている一本道のほうへ向けている。

 私が覚えているのは、白い小さな古い軽自動車。運転するのは小柄なばあちゃんで、大柄なじいちゃんが身体を小さくしながら乗っていた姿が印象に残っている。


 ――あ、車、来た。


 最近CMでよく見かける、ダークグリーンの犬みたいな顔の車がやってきた。可愛いな、と思って運転席を見ると、


「ばあちゃん!?」


 思わず声をあげて立ち上がってしまった。その声に、携帯ゲームの画面から顔をあげて、私同様に驚く翔ちゃん。

 運転席ではニコニコしながら、ばあちゃんがぽっちゃりした手を振っている。

 ぐるりとロータリーを回り込み、私たちの前に車が停まる。


「絵麻ちゃん、翔ちゃん、よく来たね!」


 私たちより少しだけ背が高いばあちゃんが、運転席から降りてきた。『ばあちゃん』とは呼んではいるものの、ゆるくパーマのかかった白髪のない短い黒い髪に、犬のキャラクターの描かれた大きめのグレーの薄手のパーカーにピンクのポロシャツ、そしてジーンズを着ている。

 確か50代半ばと聞いているけれど、私の母親と言っても無理がないくらい若く見える。


「こんにちは」

「こんにちはー!」

「うんうん、こんにちは。さて、荷物はそれだけかい?」

「はい」


 ばあちゃんは車の後ろのドアを上に大きく開けると、私のボストンバッグを受け取り、放り込んだ。


「翔ちゃんのは」

「僕のは大丈夫」

「そうかい? じゃあ、早いところ車に乗っちゃって」

「はい」

「はーい」


 助手席には私、後ろの席には翔ちゃんが乗りこむ。


「お昼は?」

「まだ食べてない」

「お腹空いた」

「そっか。じゃあ、途中でご飯食べて行こうか」

「え、あそこの蕎麦屋は?」


 私は駅前の蕎麦屋を指さした。すぐそこにあるなら、そこでいいじゃん、と思ったのだけれど。


「あそこはねぇ」


 ばあちゃんが渋い顔をして言うには、去年代替わりしてから味が落ちたのだとか。


「途中に新しい蕎麦屋ができたから、そこに行こうと思うの」

「あれ、じいちゃんは? じいちゃんはいいの?」

「じいちゃんは山に行っちゃってるのよ」

「えー。もう行っちゃってるの?」


 置いて行かれたと感じた翔ちゃんが、不機嫌そうに文句をいう。


「あはは。じいちゃんも翔ちゃんに会うのを楽しみにしてたんだよ?」

「じゃあ、なんで」

「ほら、『じいちゃん家』の準備をね」


 ばあちゃんがニヤリと悪そうな顔で笑みを浮かべた。

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