第2話 二人旅開始!

 夏休みに入った。

 7月中に夏休みの宿題を頑張って終わらせた私と弟の翔ちゃんは、初めて二人で旅に出る。


 ――東京はやっぱり暑い。


 新幹線のホームで、お母さんと翔ちゃんと一緒に新幹線を待っている。

 始発電車に乗るために、まだ日も昇らない早朝に家を出た私たち。その時は、まだそれほど暑くはなかったのに、新幹線の停まる駅のホームに下りた途端、この暑さだ。

 私は大きめの真っ赤なボストンバックを肩から下げ、翔ちゃんは濃いグリーンのリュックを背負っている。

 夏休みのターミナル駅だからなのか、平日なのに、あまりの人の多さにクタクタだ。早く新幹線に乗って、じいちゃん家に向かいたい。


「翔ちゃん、きちんとお姉ちゃんの言うことを聞くのよ」


 お母さんが、私と並んで待っている弟の翔ちゃんに念を押している。

 私たち二人だけの旅行が心配だということで、お母さんはパートのシフトを午前から午後に変えて、わざわざ見送りに来てくれたのだ。

 地元で会計事務所に勤めているお父さんの仕事の都合で、毎年お盆の時期に両親と一緒に行っていたじいちゃん家。

 今年も、初めはお盆だけという話だったけれど、私が中学生になったことと、もう一つ、ある理由のために早めにじいちゃん家に行っておきたいということもあって、翔ちゃんと二人だけの旅が認められたのだ。


「お母さん、大丈夫だって。僕も、もう子供じゃないんだよ」

「何言ってるの。十分、子供です」


 10歳の翔ちゃんの『子供じゃない』発言に、お母さんが呆れたように言う。

 2つ下の弟の翔ちゃんは、小学5年生。私が栗色の髪に癖毛なのに対して、黒髪にスポーツ刈り。目の色は私の方が焦げ茶なのに、翔ちゃんはもっと薄い茶色。

 ただ、私とほぼ同じ身長な上に、顔つきも似ているせいで、私たちはまるで双子のように見えるらしい。 


「だって、あっちじゃっ、むぐっ!?」

「翔ちゃん、そういうところ。全然、大人じゃないよね」


 慌てて翔ちゃんの口を押さえて睨む私と、身を屈めて翔ちゃんに注意するお母さん。

 お母さんの圧に、翔ちゃんも目を大きくして大人しく、うんうんと頷く。


「本当に二人で大丈夫かしら」

「大丈夫。もう何回も行ってるんだから、降りる駅も覚えてるし」


 じいちゃん家は、新幹線だけではなくローカル線をいくつか乗り換える。その先はバスになるんだけれど、本数が多くない。今回はばあちゃんが車で迎えに来てくれる予定なので、多少、遅れても大丈夫なはず。


「念のために、スマホにも乗り換えがわかるアプリを入れてくれたじゃない」


 中学生になったお祝いに、この春に貰ったスマホを手にしてみせる。

 連絡先に登録してあるのは両親とばあちゃんのスマホの番号と、家の電話番号。後はヒナちゃんのLINEのIDも登録してある。


「絵麻、迷ったりしたら、すぐに連絡するのよ」

「わかってるって。でも大丈夫でしょ。この前だって、ヒナちゃんと二人でS駅まで買い物に行ってこれたんだし」


 ヒナちゃんと行ったのは、S駅。いくつもの電車が乗り入れている大きなターミナル駅だ。

 地元の本屋さんでは売り切れてしまったライトノベルの新刊を買いたかった、というヒナちゃんに付き合って、その駅にある大きな本屋さんに行ってきた。

 なかなかハードな一日だったけれど、いい経験だったと思う。


「それはそうだけど」

「あ、姉ちゃん、新幹線きたよ」


 まだ不安が残るのか、納得いっていない顔のお母さん。

 一方で、ホームに入ってくる新幹線に目をキラキラさせている翔ちゃん。私も、少しワクワクする。


「ちゃんと切符持った?」

「はい」

「はーい」


 お母さんが買ってくれた指定席券の切符をヒラヒラ見せる。自由席の乗車口前は、長蛇の列になっていたので、指定席でよかったと思う。


「降りる駅も間違えないでね。もし間違えても、慌てないこと。次の駅で降りて駅員さんに相談しなさい」

「大丈夫、間違えないよ」

「朝早かったから、寝ちゃうかもしれないじゃない」

「私は寝ない。本あるし」

「本に夢中で降りるのを忘れちゃうかもしれないじゃない」

「あ、うーん」


 そう言われると否定できない。


「心配だわぁ」

「本当に大丈夫だって」

「今からでも休みをもらって、ついて行こうかしら」

「もう! お店の人に迷惑になるでしょ!」


 お母さんとわちゃわちゃと話しているうちに、新幹線のドアが開いた。

 肩に掛けていたボストンバックを掛けなおし、気合を入れる。


「じゃあ、行ってくるね!」

「行ってきまーす」

「気を付けてね。ちゃんとおばあちゃんたちの言うこと聞くのよ!」


 私と翔ちゃんはニッと笑って、親指を立てる。


「(はぁ……本当に大丈夫なのかしら)」


 お母さんの心配そうな顔をよそに、意気揚々と新幹線に乗り込んだ私たちであった。

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