中学一年の夏休み
お母さんの実家に行こう
第1話 終業式
ミーンミーンという蝉の音が、閉め切った窓の外から聞こえてくる。
今日は一学期の最終日。体育館での終業式を終えて、私たちは教室に戻ってきている。
「通知表を渡すぞ。名前を呼ばれたら前に出てこい」
教壇で担任の高田先生が、生徒の名前を一人一人呼んでいるのを、廊下側の真ん中の席で、ぼんやりと聞いている私は、
身長135cmと、中学生にしてはかなり小さい私。クラス……いや、学年でも一番小さいかもしれない。そんな私は中学校の制服(白いベストに半袖のシャツ、ひざ丈の紺色のプリーツスカート)を着ていても、なぜか毎回小学生と間違われる。両親も祖母も背が小さいので、これは遺伝というヤツだとは思うものの、もう少し大きくなりたい。2つ下の小学五年生の弟と身長が変わらないのは、ちょっと悔しいのだ。
癖のある栗色のショートカットの髪は、毛先がくるんくるんと跳ねている。伸ばしたらいいのにと、よく言われるけれど、伸ばすまでの根性がなくてショートカットのままだ。
――夏休みに入ったら、美容室に行こうっと。
少し伸びてきた前髪を弄りつつ、先生のほうに目を向ける。名前順でいえばそろそろ呼ばれるはず。
「山中~」
「はいっ」
トコトコと教壇の前に行き、先生から通知表を受け取る。
「頑張ったな」
他の皆には名前を呼んで渡すだけなのに、なぜかにこりと笑って褒められる私。小柄なせいか、クラスメイトよりも子ども扱いされる傾向にある。それは、クラスメイトたちも同様で、生温い視線を向けられるのだ。
内心ムッとしつつも顔には出さず、さっさと自分の席に戻って、こっそり通知表をのぞく。
――うん、可もなく不可もなく、ってヤツだな。
ほとんどの教科が、5段階評価の4。体育だけ3なのは、運動音痴の自覚があるので仕方がない。得意な国語と美術が5だったので、口元が緩む。
通知表を渡し終えた先生は、夏休み中の注意事項を伝えている。
「来週末は、A市の花火大会がある。仲間と出かけてはしゃぎすぎて、トラブルを起こすんじゃないぞ」
「そんな馬鹿はいないよー」
「そういうヤツに限って、巻き込まれたりするんだよ」
「巻き込まれるなら、異世界転移がいい~」
「おー、俺が勇者になる!」
「それは俺だ!」
「だったら私は聖女ね!」
「無理無理!」
「なんでよー!」
「こら、騒ぐな、落ち着け。そう簡単に異世界には行けないし、行かない。現実を見ろ」
「先生、冷たい!」
テンション高めのクラスメイトたちに先生が軽く注意するけれど、彼らの言う『異世界』に、私は少しだけドキッとする。
――本当に転移しちゃったら、大変だと思うけど。
たまに、『異世界』に落ちてしまう人がいることを、私は知っている。
「じゃあ、気を付けて夏休みを過ごすように! ちゃんと、宿題も忘れるなよ!」
「はーい」
先生の声に、元気に返事をする数人の男子に、「本気で忘れんなよ」と先生は真面目な顔で注意してから教室を出て行った。
私もさっさと帰るべく、配られた紙を鞄にしまいこんでいると、
「エマちゃん」
教室の後ろのドアから、隣のクラスのヒナちゃんが声をかけてきた。
ヒナちゃんとは小学校時代からの友達で、一緒に図書委員をやっている。私が本好きになるキッカケになったのもヒナちゃんからの影響が大きい。
「終わったんなら、帰ろう」
「うん」
ドアのところで待つヒナちゃんのもとへ行く。ヒナちゃんは私よりも20cmくらい背が高い。二人並ぶと、大人と子供みたいだ。それを揶揄う男の子たちもいるけれど、気にしない。揶揄う男の子のほうが、子供だもの。
私たちは一緒に昇降口へと向かう。
ヒナちゃんの家と私の家のある方向は途中まで一緒。帰り道は、ヒナちゃんの大好きな異世界ものの小説の話を聞いて盛り上がるのだ。
今、ヒナちゃんの一番好きなのは、異世界転移した聖女の恋愛モノだ。小説だから面白いんだよね、と心の中で思っても、ヒナちゃんには言わない。『乙女の夢を壊してはいけない』とは、ばあちゃんの言葉だ。
「ねぇ、ねぇ。今年もおじいちゃんの家に行くの?」
眼鏡がキラリと夏の日差しを反射させるヒナちゃん。その奥の目は期待にキラキラと輝いている。彼女は、私の秘密を知っている、たった一人の親友だ。
そんな彼女に、私はニヤリと笑みを返す。
「当然!」
「いいなぁ! ねぇねぇ、おじいちゃんの画像も忘れないで!」
「ヒナちゃん、おじいちゃんのこと好きね」
「だって、本物の……っと、これ以上はダメね」
「フフフ、ヒナちゃん、興奮しすぎ。また、土産話を期待してね」
「きっとよ! 楽しみに待ってるわ!」
私たちはT字路で左右に分かれた。
目の前の道は、暑さで陽炎が立つ。ヒナちゃんとの会話に夢中で、暑さも忘れていた。
「さぁ、さっさと帰って、夏休みの宿題終わらせなきゃ!」
気合を入れた私は、家に向かって走り出す。
早く『じいちゃん家』に行きたい私は、猛ダッシュで走り出した。
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