ガラテア・コンプレックス 転生した3Dデザイナーは異世界ゴーレムを「盛り」続ける!
ねくろん@カクヨム
完成の歓声
「……ウィル君はね、一生眠っているはずの人たちを起こしたんだ。君のゴーレムは〝龍〟や〝虎〟を目覚めさせてしまったの」
「そんな、だって俺はただ……」
「きっと彼らは君を
ふんわりとした猫っ毛の金髪の少女が、少年に向かって振り返る。
少年と少女の間には、人間くらいの大きさの人形があった。
人形はメイドの服装をしている。スカートは長く、身持ちは堅そうだ。
腰まで伸びたつややかな亜麻色の髪はすらりと真っ直ぐで、瞳は秋の空のような薄い青色をしている。人形にもかかわらず、彼女の目を見つめることは多くの男がためらうだろう。見ているだけで心の奥底を揺らす「何か」があるからだ。
人形は、美しいという中にも、一輪の百合のような清楚さが
――が、その肉体は大地の豊穣の具現化!
白く、高潔さのあるデザインのブラウスでも、偉大なる神々の山嶺の如き双丘の主張が抑えきれていない。丸みを帯びた曲線の上を走る服のシワは栄光のロードだ。
そして鉄紺色の重厚なロングスカートはその下にある天体を支える宇宙だ。広大な闇のなかに確かな存在があり、それが滝のように落ちるスカートの
人形の肢体は豊満そのものだ。
それはある種の理想が持ち得る究極の形態。
人々の夢の具現化といえた。
「アルマ、僕には君のことが理解できないよ」
アルマと呼びかけられた少女の細い目は笑っていた。
しかし、それは嘲笑ではない。聖母の如き慈愛の色が見て取れた。
「……この人の想いとつながり。君には理解できないだろうね」
「アルマ……」
「――スケベに限界はないんだ。」
「格好つけて最低なこといわないで?!」
★★★
「よし……できた!!」
俺は待ち望んでいた喝采をあげた。
――できた、完成、おしまい。
この言葉のために、これまでの面倒があったといってもいい。
干し草と土の香りで一杯の納屋の中で、俺は土人形を見上げる。
俺の身長の倍くらいある土人形は、ヒトの形を模していた。
しかし、そのずんぐりとしたシルエットは、どこか愛嬌を感じすにはいられない。
頭には麦わら帽子を被り、手にはクワ。背中には巨大なブリキのタンクを背負っており、そこからホースが胴体の前部にあるシャワーノズルにつながっていた。
一見すると農業をテーマにしたチャーミングな置物にしか見えない。
しかし、こいつは……動くのだ。
「よし、テストしてみよう……歩行1、ワンループ!」
俺が指示すると、土人形がうなって動き出す。
右足を一歩前に踏み出し、次に左足を前にして歩く。
そしてまた最初と同じポーズに戻った。
ごくシンプルな歩行。そのパターンを一回だけ実行したのだ。
「うーん、まだ甘いな……アニメーションは久しぶりだし、まぁ――」
<どさ……>
納屋の入口で何かを落とす音がした。
振り返ると、そこには
音の正体は、母が弁当を入れたバスケットを床に落とした音のようだ。
埃っぽい床の上に丸パンが落ちている。
「ウィル……本当に直してしまったのか?」
「う、動いてたわよね?」
くわっと目を見開き、唖然としているのが父のマックス。
バスケットを落として固まってるのが母のマヤだ。
二人は納屋の入口で立ちつくし、土人形を見上げている。
「う、うん。まだアニメのテスト中だけど……
俺の返事を聞いて父は我に返った。
「本当か? 父さんには手も足もでなかったのに……」
「う、うん。魔力回路の不具合だった。流れを最適化するだけでよかったみたい」
「まぁ! ウィルったら技師さまみたい!」
「この子はまだ12歳だぞ? 魔機予備校にも入れない歳なのに……末恐ろしいな」
「私たちの子、天才なんじゃないかしら!」
「うぅむ……」
母親のマヤも少女のように飛び跳ねて、息子の偉業を喜んでいた。
「ま、まぁ……ね!」
俺は喜ぶ両親に対して、あいまいな返事をする。
少し複雑な気分だ。いや、
というのも――これをやったのは初めてじゃないからだ。
★★★
俺は元々この世界の人間じゃない。
いわゆる「転生」というやつを経験している。
今はウィルという名前の少年だが、前世は
といっても、前の人生でも今と同じようなことをしていた。
子供の頃から、いつも何かを創っていた。
油粘土でヒトや動物をつくり、紙とペンで車を描いた。
母親はそんな俺を止めようとはしなかった。
――思い返してみると、何でだろうか。
情操教育にいいとか、手先が器用になるとか……。
あるいは、止めるだけの理由を見いだせなかったのか。
今となってはよくわからない。
あまり口数の多い人じゃなかったから。
まあともかく、創ることが好きだった俺は次第に難しいことに挑戦し始める。
絵に色を塗ることを覚え、粘土に心棒を入れてより大きな物を作る。
そうしたことを続けていた俺に衝撃を受けた事件が起きた。
――コンピューターグラフィックス(CG)の登場だ。
俺が中学校のころ、ゲームがCDになって、3Dという概念が現れた。
それまで世界は二次元だった。それに奥行きが生まれたのだ。
「絵」が手触りのある「世界」になったのだ。
当時の俺に3DCGは刺激が強すぎた。
それこそ、人生の舵取りを奪われるほどに。
俺は絶対ゲーム会社に入ってやると思って、その夢を実現した。
とはいえ、前世のことはあまり思い出したくない記憶でもある。
ゲーム業界は睡眠不足は当たり前だし、ストレスも多い。
エナジードリンクを飲みすぎによる、腎炎、高血圧、心不全のトリプルアクセル。
これが俺の死因だ。3Dデザイナーというやつは、健康的で文化的な死に方を選べないモノなのだ。(そんな死に方が本当にあるかどうかは置いておいて)
死んだ俺は異世界に転生した。
これについては、まったくの謎だ。
女神様には会わなかったし、ヒゲの爺さんにも会わなかった。
転生先の世界も、俺がこれまでに遊んだどのゲームにも似ていない。
まったく縁もゆかりも無い、ただの異世界だ。
いや、異世界ってそういうもんか。
この世界の時代は、前の世界と比べると、そうだな……。
大体、第一次産業革命の時代だと思う。
第一次産業革命とは、蒸気機関が発明され、農業を始めとする、ありとあらゆる産業に機械が入り込んできた時代のことだ。
中世の遺風が残る旧い世界に、新しい息吹が吹き込まれて激しく衝突する。
そんな時代だ。
しかし、この異世界で起きている歴史は、似て非なる歴史だ。
産業革命の主役になったものが、機械ではなかった。
――ゴーレム。
ゴーレムとは、魔法で動く土人形だ。
ゴーレム自体は、何の変哲もない土でできた人形だ。
なのだが、このゴーレムの全身には血液のように魔法が流れている。
これにより土人形に過ぎないゴーレムを思い通りに動かせる。
その動きの指定は「アニメイト」、略してアニメで行う。「生命を吹き込む」という言葉の意味通り、魔法でゴーレムに動きを記録して動かすのだ。
ゴーレムはアニメで定められた動きを繰り返し、人々のかわりに仕事をこなす。
農場では畑を耕し、種を植えて水をまく。
鉱山では石を砕き、鉱石を運ぶ。
海や川では船をひき、運河を渡らせる。
そして戦場では、銃砲をぶっ放して巨大な斧槍をぶん回す。
世界の全てがゴーレムによって大きく変わった。
この異世界では、蒸気機関以上の革命が起きていると言ってもいいだろう。
ただ、こいつの根幹になってる技術がちょっとした問題だった。
ゴーレムの作り方、製作工程、およびその原理は、俺が前世で死ぬほど
つまり、ポリゴンとまったく同じものだったのだ。
★★★
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます