第2話 白銀の導き
真っ暗な闇の中に、青白く輝く銀色のテープ。塗りつぶしたように先の見えない暗闇の中を歩く恐怖は、その輝きが紛らわせてくれた。
テープを握る度に、まるで蛍の求愛の光の様に、ふわっと淡い光が浮かぶ。白い彼の足元も同じ様に明滅していた。
僕は黙って、彼について歩いた。
テープを握ってゆっくりと歩いている間、真っ平な場所を歩き続けているように思っていたのに、気がつくと草原のようなところにいたり、また次に気がつくと高いビルの一室にいたりした。
そして、視線の先の方に、だんだんと小さく光る球体が見えてきた。
真っ暗闇の中に、ポツリと浮かぶ淡いクリーム色の光の塊。その光の真ん中に、木製の窓枠とトランプの模様が並んだガラスの窓が見えた。
そして、その中に小さな子供が一人。ふわふわの巻き毛を揺らしながら、うんうん唸っていた。
「ねえ、あの部屋の中に子供がいるんだけど」
僕と白い彼は、その光っている部屋に近づいて行った。
そして、ところどころペンキがはげたり傷んだりしている木製の窓から、そっとガラス窓の中を覗きこんでみた。
その子は、一生懸命にペンを握りしめ、何かを書いていた。おそらく、字が書けるようになったばかりくらいの年齢なんだろう。
ペンを握った手には、力が入りすぎてうまく書けないところもあるようだ。
それでも必死になって書き続けていたようで、書き上げられた文字の分だけ、小指側が真っ黒に汚れていた。
その汚れは彼の思いの強さの象徴のようで、見ていると自然と笑みが溢れた。
「一生懸命頑張ってる。かわいいな」
そう思って、もっと近づいて見てみようと、首を伸ばしてみた。すると、その子の左の上瞼にほくろがあるのが見えた。
伏目がちに下がった瞼に、ポツリとあるほくろ。そのすぐ下には、長いまつ毛と大きくてクリクリとした可愛らしい目があった。
「あいつと同じところにほくろがあるな……」
僕は、こんな時にもあいつのことを思い出してしまう。似たような子なんて、いくらでもいるはずだ。
それなのに、僕の心はいつだってあいつでいっぱいになっている。
あのくらいの年の頃には、ほとんど毎日一緒にいたなと思い出しては、ちょっと悲しくなったりもしていた。
そんなことを考えながらふと下を見ると、巻き毛の子の周りには、たくさんの書き終えられたテープが書きうず高く積み重なっていた。
よく見ると、机の周りだけでなく、ベッドの上にも、椅子の下にもたくさん銀色のテープがあった。
そのテープがクリーム色の灯りを反射していたから、この部屋は光の塊に見えている様だ。
それほどたくさん書き終わっているにも関わらず、まだ足りないと思っているようで、彼は一心不乱に書き続けていた。
「神様、お願いします。大人になっても、俺たちが幸せに暮らせていますように」
グスグスと泣きながら、テープに願い事を書いていた。ペンを握っている手は、わずかに血が滲み始めていた。
「まだ連れて行かないでください。おじいちゃんになって、一緒のお墓に入るまで生きてて欲しいんです」
ひっくひっくと泣きながら、何本もテープを書いていた。
「一人になりたくない。まだ一緒にいたい」
そして、えーんと大声をあげて泣き始めた。泣き始めた子供が、机に突っ伏してしまうと、白い彼が、そのたくさんのテープの内の一本を持って来てくれた。
そして、それを僕の目の前に広げて見せた。その輝くテープに書き連ねられた文字を見て、僕は胸が潰れそうになるのを感じた。
「かみさま、おねがいします。だいすきな『僕』と、しあわせになれますように……」
一本のテープには、そう書いてあった。
僕は、そのテープを見て思い出した。きっと、この日は10年前のクリスマスだ。
「僕が危篤になった日だ……」
僕はこの日、生死の境を彷徨っていた。この日、家族のいない僕は、病院に一人で入院した。その夜中に急変したんだ。
たまたまお見舞いに来ていたあいつが、先生を呼んでくれたから処置が間に合った。
あの日、僕が死にかけたことは、あいつしか知らない。
「あの子は、あいつってこと?」
僕は白い彼に問いかけた。すると、彼はとても美しい笑顔のまま、「そうだよ」と答えてくれた。
僕は、生まれた時から病気で、長くは生きられないと言われていた。この日の様に、何度も高熱を出しては入退院を繰り返した。
でも、それが突然治った年があった。
それが、この年の、十歳のクリスマスだった。
「あいつがテープに願いを書いてくれたから、僕は治ったの?」
独り言のように呟いた僕の言葉を、白い彼が引き取ってくれた。僕の背中にそっと手を当てながら、僕の目を覗き込んで「そうだよ」と答えてくれた。
「君は、あいつがこのテープで命を繋いでくれたから、今生きているんだよ。銀色のテープが、あいつの願いを叶えたんだ。おじいちゃんになって、同じお墓に入る願いを叶えてくれているんだよ」
白い彼は、そう言って微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます