出会いはネットサークルで? 【3】

その日も、いつも通り残業して、仕事を終えてエレベーターを待っていた。

「あ、美帆」

「杏奈」

ああ、いつもここで杏奈に会う。そういう運命かしら。

「お疲れさま」

「お疲れさま」

「杏奈も今帰り?」

「そう。一緒に帰ろうよ」

「うん」

断る理由もない。

杏奈はいつも、可愛い恰好をしている。

モテそうだし。実際、彼氏が途切れたことも殆どないみたいなのに。

結局、杏奈も30歳の今まで独身だ。杏奈は、結婚ってしたいと思っていないんだろうか。

チラッとその可愛い横顔を見ながら聞いてみた。

「杏奈はさあ、結婚とかって考えてないの?」

「え?あ、佐野くんも結婚したしね」

「いや、佐野くん関係ないけどね。ほら、私たちも結構いい歳かなって思って」

「うーん。そうなんだよねえ。いつの間にかこんな歳になっちゃったよね」

「そうなのよ」

「私も、結婚はしたいよ」

「あ、そうなんだ」

「うん」

「でも、ほら、そう、杏奈。その後、あの彼とはどうなってるの?」

「うん。なんとかね上手くやってるよ」

嬉しそうに首を傾げて微笑む。

なんだ、上手く言っているのか。ちょっと残念に思ってしまう自分に嫌気がさす。

「彼って、ITかなんかの仕事してるんだっけ?」

「うんとね、V-Tuberの企画編集とかなんとか。そういうの」

「へえ」

V-Tuberって、実際にその場にいるのにもかかわらず、アニメの映像にして歌を歌ったりするっていうやつね。アニメで作られた虚像は可愛かったり恰好良かったり、アイドルのようにそれぞれの理想の人物になっている。

最先端っていうのだろうか。時代の波に乗っている。

あれ?そういえば、杏奈と彼ってマッチングアプリで知り合ったんじゃなかったっけ?

「杏奈、杏奈って彼とどうやって知り合ったの?」

思わず、勢い込んで聞いていた。

「え?ええとね。愛犬の同好会みたいなネット上のサークルで、意気投合して」

「それって、マッチングアプリと違うの?」

それを聞いて、杏奈がむっとした顔をした。

「違うよ。あくまで、愛犬の自慢をするみたいなサークルで。たまたま彼に会っただけだもん」

「あ、ごめん。そんな変なつもりじゃなかったんだけど」

やっぱり、マッチングアプリって杏奈でも抵抗あるんだ。

「でも、たしかに、下心ありでそういうネットサークルのようなところに入る人もいるけどね」

杏奈がちょっとトーンを落として、付け加えた。

「でも、彼は違うんでしょ」

「あたりまえでしょ」

「杏奈はいいねえ。そんな素敵な人に出会えて」

「美帆は今、フリー?」

「うん」

「いそうだけどね」

「それがいないのよ。誰かいい人いないかなあ」

私が首をひねりながら杏奈に視線を送る。すると、杏奈が眉間に皺を寄せて腕を組むとうんうんと頷くようにする。

「確かに、出会いって難しいものね」

「そうなのよ。私も杏奈みたいにどこかのネットサークルにでも入ろうかな」

「うん。いいんじゃない?美帆の趣味って何だっけ?」

「趣味っていう趣味がないんだよね」

「何かしら楽しめる事見つけなよ。それでそのサークルに参加してみたら?」

「うーん」

そう簡単に見つかれば苦労はない。

「まず、ネット上だけだから、気軽だし」

確かに、実際のサークル、例えばそうね、ラーメン食べ歩きサークルなんかには、急に一人で参加するのは勇気がいる。

ああいうのは知り合いに連れられてっていうのが定石よね。

「そうね。実際に一緒に何かするっていうサークルより、ハードルが低いわね」

「でしょ?」

杏奈が人差し指を自分の顎に当てて、ウインクをするようにする。


会社から最寄りの横浜駅までは歩いて10分ほど。

もうすぐ駅についてしまう。

杏奈とは乗る電車の路線が違うから、駅に着くまでに聞きたいことは聞いておかないと。

「ねえ、そのネットサークルから、どうやって彼と付き合うことになったの?」

その問いに、杏奈がちょっと視線を斜め上にあげて、思い出すようにしながら口を開く。

「ええっとね。ほら、しばらくして慣れてくると、オフ会に参加したりするのよ」

「オフ会?」

「ネットで話してるだけじゃなくて、実際に会って飲み会でもしませんか?ってこと」

「へえ」

ああ、そう言えば、そんなこと聞いたことがある。

「それでね、私の場合は犬好きサークルの仲間でオフ会しようってことになるわけよ」

「ふうん。そこで実際に会うわけね」

「そう。ほとんどの人が愛犬を飼っているから、休日にドッグランで集まるなんていうのもあったけど。でもね、実際は週末の夜に飲み会っていうのが多いかな」

うーん。それってやっぱり出会いを求めてって感じかしら。

でも、そうね。純粋に犬の話をしたい人もいるかもしれないし。同性の友達もできるかもしれない。

ただ、杏奈のように、恋人を見つける人もいる。

当然そんな目的の人も多いに違いない。

「ネットでしか話したことのない人に実際に会ってみると、ギクシャクしたりしない?どんな感じなの?」

「すでに、ネットではいっぱい話しているから、気心が知れているっていうの?まあ、会ってみたらこんな人だと思わなかったってこともあるけどね」

「彼はどうだったの?」

「会ったときは、まあ、話が合うかなってくらいの感じだったんだけど」

「うん」

「ええとね、彼がけっこうぐいぐいアプローチしてくれて」

杏奈がちょっと照れくさそうに、それでも嬉しそうに微笑む。

「へええ」

適当に相槌を打ちながら、私自身の出会いにつなげられるヒントを探る。

「まあ、それから、二人で会うようになったのよ」

「そんな上手くいくんだね」

「たまたまね」

「それで、たまたまIT企業の社長だったと」

「社長って言っても、起業してそんなに経ってないみたい。まだそんなに社員もいないみたいよ」

「でも、仕事は順調にいってるんでしょ?」

「まあそうらしいわ」

杏奈の言葉の端々に誇らしげな雰囲気が漂う。

いいなあ。純粋にそう思う。

ネットサークルでもチャットアプリでも、そんな有望な人に出会えて、そんな人と付き合えるんだったらいいなあ。

「とにかくさ、ネットサークル探してみたら?同じ地域に住んでいる人でお話しませんか?なんてのもあるみたいだし」

「へえそうなんだ」

それだったら、趣味がなくても大丈夫かも。

とりあえずは、どこかのネットサークルに仲間入りして、オフ会とやらに参加しなくちゃ。

そこで、杏奈のように素敵な人に見染められればいいのよね。

そのためには自分磨きをすべきなんだろうけど。なかなか難しい。中身はすぐに変えられるものじゃないしね。

とりあえず、オフ会で外見を整えるくらいかしら。洋服と髪型と化粧で。

それで素敵な人と仲良くなれたらなあ……なんて、甘い考えだとは思うけど。

とりあえず、私でも参加できるネットサークル。

うん、ちょっと、家に帰ったらじっくり検索してみよう。

to be continued ~

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