第59話 残党狩り?

 シラーはゲート勤務の隊士が返事を返すのを確認すると、動ける隊士を半分ほど連れてすぐに街中へと向かった。残りの半分は念の為に残しておいた。


 ゲートから少しでると、あちこちに青狼ブルーウルフにやられたと見られる街の人々がいた。多くは大したことのないような傷であったが、中には片腕がなく、ひょこひょこと体の不自由さが際立つ男もいた。簡易的にできたらしい救護所があちこちに見られ、多くの怪我人が運び込まれていた。


「なんてことだ」


 昨日の大型魔獣といい、今日の青狼の群れといい、どうしたというのだ。コルテナのあるこの地で魔獣どもに何かしらの変化があったとみるべきか。


 シラーは青狼か他の何かがいないか注意深く見回して進んでいく。


「おお! シラー!」


 道の横から現れた旧知の友に、シラーはふっと安堵の息をついた。


「無事か、ザイスト」


 おうよ、と言いながらザイストはシラーの傍に近づき、傷だらけのシラーの愛馬をそっと撫でた。


「シラー、お前、随分くたびれてるじゃないか」


「うるさい。お前もなかなかなナリだぞ」


 ザイストの白い隊服には紅い血飛沫ちしぶきが右に左にかかっており、ズボンにいたっては裾がもはや最初からそんなデザインだったかと思うほどだ。


「数えきれないほど斬ったからな」


「やはり抑えきれてないか……」


「あ?」


 額に皺を寄せて呻くような声に、ザイストの眉が片方だけ器用に上がった。


「なんだよ、この騒ぎがお前のせいだとでも言う気か?」


「……峠でこの青狼の大群に遭遇して追いかけてきた。街に入れるまいとゲートの外で闘ったんだが……」


 侵入を止められなかった、と苦しそうに語った。


「あいつらあそこから? オレとカーラントの隊もいたのにか? まったくどれだけの数いたんだよ。……そうか、だからそんなボロボロなんだな」


 ザイストが馬にまたがるシラーを見上げて、その足をぱちんと叩いた。


「お前たちがいなかったら、きっと街はまだ酷い状態だよ。さ、こっちは見たから、お前は隊長のとこへ行けよ。後ろの奴らもお前も、馬たちも全員手当てしてもらってこい。残党狩りは任せとけ」


 じゃあな、とザイストと数人の隊士は街の見回りへ戻っていく。


「なんだよ、あいつのあの姿。オレらの方が楽していたってことか。あぁ、そりゃそうか。昨日の凄腕剣士と、そのミニバージョンまで加勢してくれたんだからな」

 

 ザイストのそれはシラーには聞こえなかった。


 旧友とすれ違い、彼に自分の顔が見られなくなると、ザイストの表情が一気に曇った。保険の意味だったが、隊を預けていてよかった。シラー隊だけで遭遇したかもしれないことを考えると寒気がした。


「まったく、カーラントさまさまだな」


────


「待つんだ、リオ!」


 突然の警戒警報サイレンのあと、暫くして姿を現したのは、この街の人々が恐らく実際に見たことはない青い毛並みの狼だった。


 それは一匹、二匹といううっかり紛れ込んだレベルではなく、群れで襲ってきているようだった。街を守るはずの守護隊の手が明らかに足りていないようで、緊急事態に騒ぐ人々が待てどその姿をなかなか現さなかった。

 

 ここ月花亭辺りでも逃げ回る人々と共に、青い毛皮がちらほらと姿を見せていた。狼たちは進路を阻む人々に危害を加えながら、皆一様に同じ方向へ足を進めていた。


 昨日の褐色狼と同じく、目指すものでもあるかのように。


「アシュリーを迎えにいかなきゃ」


 ゴーシュの手は寸でのところでリオに届かなかった。小さくて、すばしっこい少年はまんまとおじの手を逃れ、外に出て行った。


「だから、アシュリーは大丈夫だと……待て! 外は!」


 だがゴーシュも諦めない。すぐに後を追った。


 ガランと二度音をたて店のドアが其々それぞれを通したとき、出た瞬間に思わず二人は動きを止めた。扉の前、道路を挟んで店を取り囲むようにしたそれが、連なるように青いアーチを描いていたのだ。


 ゴクリ、とゴーシュの喉が音を鳴らした。絶世の賞金稼ぎジェインに出会った男どもが鳴らす音に酷似していたが、全くもって意味が違うものだ。


「……おじさん、なぜ出てきたの」


 金髪が夕日にきらめく。


「は? いいから、お前は俺の後ろに来るんだ。大丈夫だ。そのまま、前を向いたままゆっくりと後ずされ」


 ゴーシュがじりじりとリオの前に出ようと足を動かす。

 狼たちは誰もそれを黙って見続けようとは、当然ながらしなかった。


「リオ!」


 大型犬よりひと回り大きな青狼がタン、と足で道路を蹴り軽快に駆けだした。それを合図のように周りの狼たちも二人目掛けて飛び掛かる。


 思わず伸ばした手はゴーシュの大事なリオを今度こそ捕まえた。そのまま抱え込むようにして覆いかぶさり、ゴーシュは自らを盾に舗装された道にうずくまった。


「ぎゃん!」


 だが次に訪れたのは衝撃でも痛みでもなく、青狼と思しき大きな鳴き声がゴーシュの耳を震わせた。


「一匹も逃すなよ!」


「はい!」


 人間の声とそれに続く足音に、ばっとゴーシュは顔をあげた。

 

 ゴーシュの目に映ったのは、二人を守るようにできた新しい白いアーチだった。

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