第49話 襲撃のあと

「もう大丈夫ですか?」


 隊士がまた呼びに来た。ジェインは軟膏の入った小さな容器をまたも無造作に自分の胸辺りに突っ込みながら彼に返事をしたが、さすがにその光景は奇特な隊士もどぎまぎさせた。アシュリーも顔を赤らめながら、ちょっとだけ隊士に同情した。


「そうだ、アシュリーさん。お連れのあの子ですが、すみません、まだどこにいるのか」


 アシュリーが「あ」とジェインを見た。


「あ、あの子ね。実は私の連れでね」

「そうだったのですか?」

「あの子なら先に宿に帰るように言ったから」

 

 そうそう、とアシュリーは隣で頷いた。

 本当のことをいう訳にはいかないから、下手に口を挟まないのが一番だろう。ジェインはこの状況で探してくれていたらしい隊士に、心配かけたねと、ねぎらいの言葉をかけていた。


「隊長、お連れしました」


 その後二人が連れていかれたのは、外だった。

 もっと言えば中庭、うず高く積まれていく青狼ブルーウルフの死骸の前だ。


 そこには隊長のグレイの他、先ほどジェインを抱き上げ、また守ろうとしてくれたカーラントがいた。もう一人の大男はいないようだ。


「月花亭のアシュリーさんと」


 青狼の死骸の前で隊士と何やら話していて、まだジェイン達を見ていなかったカーラントが、その名にハッとして振り返った。


「月花亭だって?」

「え? ええ、うちは月花亭ですが……」


 カーラントの声にアシュリーが怪訝そうに答えた。


「そうか! ならば少々尋ねたい。もしかして昨日、美貌の女剣士が店に来なかっただろうか?」


 ぶほっ!! 


 続けてかけられた問いに、ジェインが思わず、何も飲んでいないのに吹き出しそうになった。


「カーラント」


 あの時、広場で聴いたよく通る隊長の声が、副隊長の名前を呼び、そして目でジェインを見た。


 隊長の視線を辿るカーラント。

 

 視線の先にいたのは、吹き出しそうになってゲホゲホと咳き込んでいる……お探しの美貌の剣士。

 

 カーラントは、うっ、と言葉に詰まった。


「守護隊隊長のグレイだ。君とは昨日ぶりだな。賞金稼ぎの……すまない、昨日は名前まで教えてもらってなかったな」


 グレイがジェインの名前を暗に尋ねた。


「げっほ、ごほん。あー、そうだっけ。ジェインだよ、ジェイン」


 どうせ報酬記録見れば分かることだしとジェインはさらっと答えた。


「なるほど。ではジェイン、今日はこの青狼のほとんどを君が仕留めてくれたそうだな」

「ああ、そうだよ」


 積まれた死骸のほとんどは確かに一刀両断、ジェインの太刀筋だった。


「そうか。昨日といい、今日といい世話になりっぱなしだ。本来守護隊の役割なのにすまない。代表して礼を言わせてもらうよ」


 守護隊隊長のグレイはそういうと、頭を下げた。慌ててその場で作業をしていた隊士たちが同じように頭を下げる。


「ちょ、ちょっとやめてよ。ねぇ、昨日、私言ったよね?」

「君が賞金稼ぎということかい」


 頭は下げたまま、グレイはジェインに言った。ジェインはこういう場面がかなり苦手だった。どのくらい苦手かというと、体中が痒くなるくらいにだ。


「そうだよ、隊長さんも仕事、私も仕事! だから頭下げないでってば」


 凶悪な魔獣を前にして弾ける笑顔を向けるジェインが、礼を受けておろおろしているのがアシュリーはおかしくて、クスクス笑ってしまった。


「ほら、アシュリーも笑ってるから」

「私が可笑しいのは、ジェインさんの慌てぶりで、ふふ」

「はぁ? アシュリー?」


 青狼の屍の前だと忘れそうになるほどに、その場の空気が和んだ。


「君がどこから来たのか知らないが、コルテナは幸運だ。昨日も今日も、我ら守護隊だけでは守りきれなかったはずだからな。恥ずかしいことだが」


 いくら訓練を重ねていたとはいえ、どこから沸いたのか、あの青狼の数だ。守護隊ではすぐに手に負えなくなっただろう、とグレイは続けた。


和んだはずの空気が重くなる。ジェインはこういう空気感も嫌いだった。


「いいじゃん、反省したらそれを生かせば。人生はトライ&エラーだよ」

『やだ、ガラじゃないこと言わないでよ。鳥肌立っちゃう』


 どうやったら剣に鳥肌が立つんだよ、と突っ込みたいところを我慢した。


「そうだな、さすがだ。勉強になる。あぁそうだ。青狼が襲撃してきたときにここに君によく似た小さな女の子がいたんだが、もしかして知り合いかい」


 持ち上げないと死ぬ病にかかっているのかと、本気でジェインが心配しだしたころ、ようやく話が進みだした。


「あー、あの子ね。そうそう、私の連れさ。なかなか強かったろ? さっきもそこの隊士さんに言ったけど、犬っころの討伐中に会ったから、先に宿に帰したんだ」


『よくもまぁスラスラと』


 カティアに呆れられても何の足しにもならないので、完全無視をする。


 サラが無事だったこと、昨日の魔獣を退治した賞金稼ぎの連れだったことを知って、カーラントは人知れずほっと胸を撫で下ろした。


「なるほど、それなら良かった。あの娘の強さが分かった気がするよ」


 君の弟子なら納得だ、と笑うグレイに何ともいえない顔をするアシュリー。


「それから金の話で申し訳ないが、昨日と今日の報酬を合わせると相当な額になるだろう。すぐに払いたいところだが、この国は長らく魔物がでなくてな」


 なんとなく、察しがついてくる。


「いいよ、集まるまで待つ」


 タダ働きも、報奨金の値切りもするつもりがない。だとすれば、ジェインは待つしか選択できないのだ。


「幸い、今回の宿のご飯はとても気に入ってるからね」


 隣のアシュリーの顔を見て、ぱちんと片方だけウィンクしてみせた。瞬間にアシュリーの顔がボンッと音がしそうに赤くなる。


『ちょっとこの娘、瞬間にお湯でも沸かせそうなんだけど』


 ケタケタと笑い出すカティアの例えが言い得て妙で、ジェインは笑いを堪えるのに必死になった。

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