第47話 襲撃(8)
「これ、どうした?」
「あ、さっきカップに突っ込んで。大丈夫ですよ。偶然いらしたそこのお医者さまに手当てしてもらったので」
えへへ、と可愛いらしく笑ったアシュリー。ちらりと医者と言った住民を横目で見る。
「あー、それいつ?」
「え、えっと、この部屋に案内してもらってすぐです」
「ふうん……ここの窓はいつ窓開けた?」
変な質問を矢継ぎ早にされ、アシュリーはもごもごしながらも答えた。ジェインはアシュリーの肩に手を置いたまま、ピタリと動きを止めた。
『ねぇ……何考えてるのよ』
カティアが頭の中で問いかけてくるが、ジェインは動かない。そのうち、また遠吠えが聞こえ始めた。
『あいつらまだくるみたいよ』
初めは普通に戦っていた。
がしっとジェインの右手がアシュリーの左腕を掴んだ。
「前言撤回だ。あんたは私と一緒においで」
ぐいっと頬が触れるほどに自分に寄せて耳元で囁く。アシュリーのか細い返事に、彼女の顔色は見なくても十分分かった。
「そこの隊士さん」
先ほどからの展開と常人離れした美貌の持ち主の登場に、全員、魂が抜けたように呆然としていたが、その原因であるジェインは構わず声をかけた。
「はい!」
いい返事だった。見たことのある若い隊士が住民の前に立っていた。きっと青狼をなんとかしようと間に入っていたのだろう。
「この部屋は見ての通り危険だから、この人たちは別の部屋に避難させるんだ」
何故、なんて言葉はない。
隊士でもない人間のいうことを聞いてやることもない。
だがこの状況で、この美しい剣士に逆らうことは愚かでしかない。
青狼の屍を足元に、隊士は頷いて了承した。
「皆さん、急いで移動します!」
あの医者の女性二人も、アシュリーにぶつかって怪我をさせた中年の男も、この部屋にいた住民は全員、隊士を先頭に小走りに部屋を後にした。
そうして残ったのはアシュリーとジェイン、そしてカティアのみ。
ガリガリガリッ。
人が減った空間に、硬いものを削る音が聞こえた。ジェインがクスッと笑う。
「あれはまさか」
「ああ、そうだね。また来たみたいだ」
嬉しさを隠しきれないジェインは口角をあげたまま、窓の方へ体を向ける。アシュリーには部屋の隅に行くようにジェスチャーで指示を出す。
『ちょっと! その顔! 気持ちわるっ』
頭の中ではおえーっと吐きそうな声。だが実害がないことをジェインは知っている。
「吐きたかったら、吐いていいよ~」
カティアはふんっと顔を背けた……そう気持ちだけ。
ジェインは歓喜に震えていた。いや、まだそうと決まったわけではないのだが、きっと間違いない。平静でいようと思えば思うほど、その整い過ぎた顔面が幸せにほころぶ。
カティアが実際に吐こうが飲み込もうがどうでも良かった。これほどの好機は
塀からこの窓に青狼が群がって跳んできている。小さな青狼は下に集まってきたここの隊士に、仕方ない譲ろうじゃないか。
ガシャリ、と窓枠に残ったガラスを大きな肉球で壊しながら、大きめの青狼がのそりと部屋に降り立つ。大きければ大きいほど報酬は跳ね上がる。
「いらっしゃーい」
かくも美しい死神。
次から次へと飛び込んでくる青狼を片っ端から真っ二つに斬りまくる。これほどの数を一切の抵抗も感じずに滑らかにされど骨ごと両断していく。刃こぼれも、硬い何かに引っかかることもなく、血糊でさえ刀身にいられる時間は僅かだった。腕がいいという形容では到底足りない。どこの名匠が作り上げた宝剣なのか。
そして、その銀色に光る宝剣がくすむほどの美貌で、ひと目視界に入れでもすれば、たちまち魅了してしまう演舞を披露しているのが女神のような女。
このさまをグレイやカーラント、守護隊の隊士達が見ていたとしたらきっとそう考えたに違いなかった。
暫く窓から侵入、ジェインが斬る、侵入、斬る、という同じサイクルをこなしたが、それも時間が経つにつれ少なくなっていき、やがてパタリと青狼が来なくなった。
ジェインはその間、踊るように剣を振るい、自身にひとつの傷もつけさせなかった。当然ながらアシュリーは言うに及ばず。
「二百ごじゅ……」
『二四六だけど』
カッとジェインの顔に朱が走る。
『いいって、いいって。きっと誰が何匹仕留めたなんて正確には分かんないって。えーっと? 二百五十?』
カティアの声に嬉しそうにジェインが呟いた。
「二五八!」
『あんた……それは数かぞえられなさすぎだって……』
またジェインの頬がカッと熱くなった。
「ジェインさん!」
剣を構えなくなったジェインに、アシュリーが駆け寄ろうとしてできないらしく、声だけかかった。
「あぁ! あんた!」
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